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「子育てはBPD発病に影響を与えるのか」問題について考えるーその3ー

行動遺伝学の10大知見のうち、次に注目すべきは以下の項目だろう。

『<環境>のほとんどの評価尺度に対して、統計学的に有意な遺伝的影響が認められる』

これは遺伝学研究がもたらした、最も驚くべき知見の一つである。

奇妙に思われるかも知れないが、そして直感には極めて反しているように思われるかも知れないが、我々が何を経験するかは、部分的には遺伝により影響を受けている。

これは例えば、親の養育態度という、典型的な環境要因と見えるものが、ある程度子どもの側の遺伝的資質の影響を受けているということである。

当然のことながら、心理学研究で広く用いられている環境尺度が、もし本当に「環境」の尺度であれば、遺伝的影響がみられるはずはない。

ところが実際にはさまざまな環境尺度ー例えば親の養育態度、生活上の出来事、受けられた社会的支援ーに関して、遺伝的影響がみられるというエビデンスが得られているのである(Plomin, R., & Bergeman, C. S. The nature of nurture: Genetic influence on “environmental” measures. Behavioral and Brain Sciences, 14(3), 373–427.1991)。

なぜこのような結果になるかと言えば、上記のような環境尺度では、本人と無関係な「外部」の環境を評価しているわけではないからである。

私たちには、自らのパーソナリティや精神病理といった、遺伝的行動傾向と相関するような環境を、選択し、修正し、作り出しているという部分が間違いなくあるのだ(McAdams TA, Gregory AM, Eley TC. Genes of experience: Explaining the heritability of putative environmental variables through their association with behavioural and emotional traits. Behavior Genetics. 2013; 43:314–328)。

たとえば最も頻繁に研究されている「環境」領域である子育てに関して、双生児、兄弟姉妹、養子縁組の研究から得られた結果をまとめたメタ分析は、親の「暖かさ(warmth)」「支配性(control)」「否定性(negativity)」という「環境」要因が、親の側だけでなく、子どもの側のパーソナリティや精神病理といった特徴に関する、遺伝的な違いを反映している可能性があることを明らかにした(Avinun R, Knafo A. Parenting as a reaction evoked by children’s genotype: A meta-analysis of children-as-twins studies. Personality and Social Psychology Review.18:87–102.2014; Klahr AM, Burt SA. Elucidating the etiology of individual differences in parenting: A meta-analysis of behavioral genetic research. Psychological Bulletin. 140:544–586.2014)。

これは例えば母親の否定性(maternal negativity)という「環境」尺度は、母親の側からの子どもへの働きかけという意味では確かに「環境」を評価しているとも言えるが、母親からの注意や叱責を招くような行動を、子どもがもともと取りやすいなら、それは子どもの遺伝的資質を反映したものということになる、ということだ。

また親の養育行動に対して共有環境が与える影響は43%、非共有環境が与える影響は34%、遺伝が与える影響は23%とされたが、子どもが小児期から青年期へと成長していく間に共有環境の影響は減少し、非共有環境の影響は増大する一方、遺伝的影響は変わらないことも明らかになった。

(「共有環境」と「非共有環境」が何を意味しているかにに関しては、前回の記事で詳述したので参照してもらいたい)。

もちろん検討の対象となった「環境」尺度は家庭環境だけではない。

近隣環境、学校環境、そして職場環境など、より広範な環境尺度を対象とした研究が数多く発表されてきたが、それらの研究もまた環境尺度に対して有意な遺伝的影響がみられることを示している。

35のさまざまな環境尺度に対して、遺伝が与える影響をー55の相互に独立しておこなわれた遺伝研究に基づいてーまとめた概説によれば、これらの「環境」尺度の遺伝率は平均0.27であるとされた(Kendler KS, Baker JH. Genetic influences on measures of the environment: A systematic review. Psychological Medicine. 37:615–626、2007)。

「環境」に対して遺伝が影響を与えていることは、双子研究だけでなく、赤の他人同士を対象とした全ゲノム複雑形質分析(Genome-wide Complex Trait Analysis:GCTA)を用いた研究によっても再現されている。

GCTAとは、血縁関係のない個体に偶然みられる遺伝的類似性を直接定量化し、それらの個体にみられる形質(生物の形態や生理・機能に関する特徴)上の類似性と比較することにより、遺伝率を推定するための手法である。

例えばGCTAは、ストレスを引き起こすような生活上の出来事の多寡たかに関して、あるいは修学年数の長短のような、疫学研究において良く用いられる「環境」尺度に関しても、有意な遺伝的影響が見られることを明らかにした(Power RA, Wingenbach T, Cohen-Woods S, Uher R, Ng MY, Butler AW, McGuffin P. Estimating the heritability of reporting stressful life events captured by common genetic variants. Psychological Medicine. 2013; 43:1965–1971.;Rietveld CA, Medland SE, Derringer J, Yang J, Esko T, Martin NW, Koellinger PD. GWAS of 126,559 individuals identifies genetic variants associated with educational attainment. Science. 2013;340(6139):1467–1471.)。

「環境」尺度に遺伝的要因が関与しているのが明らかにされたことには重要な意味がある。

ある環境尺度と、患者が示す行動特性との間に相関関係が認められたからといって、その行動特性が環境に起因しているとは限らない、ということなのだから。

つまり、環境的なリスクであるように見えるものが、実際には遺伝的要因を反映している可能性があるということである。

これまでに述べたような知見は、BPDのリスク要因について検討していく際に、「遺伝子型ー環境相関(genotype-environment correlation)」と呼ばれる現象を常に考慮に入れる必要があることを示している。

我々はーそしてBPD患者もまたー環境により一方的に影響を受けるだけの、受け身的な存在ではない。

自らの環境を選択し、修正し、作り上げるという能動的な役割をー良くも悪くも既にー担っている主体なのである。

このような視点は、BPDに限らず、どのような疾患のリスク要因について検討していく際にも欠かせないものだろう。