「隠れBPD」という問題ーその1ー
境界性パーソナリティ障害(BPD)といえば自傷行為や自殺行動を繰り返す、というのがトレードマークであるとー専門家の間でもー思われていることが多い。
そしてBPD患者は、うつ病、不安症、物質使用症などを主訴として受診することが多い。
だから自傷行為や自殺行動がみられない場合、たとえ実際にはDSMの診断基準を満たしていたとしても、専門家がそうした患者をBPDと診断する可能性は低いのである。
だがそれらの症状が見られない患者は、本当に「ボーダーラインである度合いが低い(less borderline)」のだろうか?。
それは例えば以下のような患者である(Mark Zimmerman and Lena Becker,The hidden borderline patient: patients with borderline personality disorder who do not engage in recurrent suicidal or self-injurious behavior.Psychol Med. 2023 Aug;53(11):5177-5184.)。
ミズ・ドーレンは、離婚歴が2回ある、51才の白人女性だった。
彼女は仕事を解雇されたことで抑うつと不安症状が悪化したため、外来セラピストからの紹介で受診した。
ミズ・ドーレンは以前にもうつ病のエピソードがあり、直近では3年前の失業後にうつ病になったと報告した。
彼女のうつ病は、無気力、食欲亢進とそれに伴う体重増加、過眠(1日12〜13時間)、精神運動興奮、疲労、無価値感、罪悪感を特徴としていた。
他方で自殺念慮や自殺未遂歴はないと主張した。
ミズ・ドーレンは、解雇されること、結局は孤独になってしまうこと、良い対人関係を築けたためしがないこと、彼女の子供たちの幸せのこと、孫たちの幸せのこと、経済的なこと、家族の健康のこと、自分自身の健康のことなど、さまざまな問題について気に病んでいると報告した。(「もっと話して欲しいなら、まだありますよ」と彼女は言った)。
彼女は、これらの心配事は毎日思い浮かぶが、朝と夜には特に多いと述べた。
彼女の言によれば「私の頭の中にはいつだって心配の種があるんです」とのことだった。
この心配事に伴って、落ち着きのなさや疲れやすさ、集中力の低下、筋緊張、そして睡眠障害が出現した。
彼女は、大人になってからずっとこのように気に病んできたが、30代になって悪化し、この5年はさらに悪くなったと報告した。
また、彼女の対人関係機能を損なう思考と行動のパターンについても説明した。
彼女は、恋愛相手、友人、家族を含めた、彼女の「全ての」人間関係が「激しく」、浮き沈みが激しいと述べた。
彼女は「自分の感情で物事を考える」ため、対人関係が難しくなったと述べた。
自分は人を愛する気持ちから憎む気持ちへとしばしば切り替わり、大抵それは人から無視されたり、「挑発 」されたりした時だと説明した。
彼女はまた、「見捨てられることに対するひどく大きな不安」を報告し、人々が自分から離れていかないように「100通のメールを送ったり、セックスしようと申し入れたり、自分のパーソナリティを変えようとして、悪いことをしたわけでもないのに責任を取ったりした」と述べた。
彼女は大抵の時に空虚感を感じていると報告した(「私の人生には何かが欠けているんです」)。
彼女はまた、「自分のアイデンティティが何に結びついているかについて」深刻な問題を抱えていることを認めた。
彼女はそれを自分の夫や仕事と結びつけることが多かった。
またそれらが存在しなくなると「アイデンティティの危機」を感じた(「自分が誰なのかわかりません」、「私は母親で、ボブの妻だったのです」)。
また、彼女はしばしば「ペルソナ(仮面)」の下で行動しており、このペルソナと彼女の本当のパーソナリティを切り離すのは難しいと感じると報告した。
ミズ・ドーレンは、時折怒ることがあり、「すぐにいらいらするんです」と述べた。
この怒りは長い間(「過去には何ヵ月も」)続くことがあった。
最後に、ミズ・ドーレンは衝動的な行動をとることがあったと報告した。
たとえば、頻繁に買い物をしたり、過去5年間に12〜15回にわたり、男性と短期間性的関係を持ったりしていた。
ミズ・ドーレンによると、元夫のセラピストは、彼女が境界性パーソナリティ障害であると説明した。
彼女がその見解を自分のセラピストに伝えたところ、彼女のセラピストは、彼女には自殺傾向はなかったし、自分の身体を傷つけていないので、その見解は誤りであると言った。
さて、ここまで読んできた人は、この症例についてどのような印象を持っただろうか。
確かにこの患者は自傷行為や自殺企図をおこなっていない。
だがこの患者の病理を、そうした行動を行う患者よりも軽いーボーダーラインである度合いが低い(less borderline)ーと言って良いのだろうか?。
このような疑問を抱いたツィマーマンは、アメリカのロードアイランド病院を受診し、BPDという診断が下された390名の患者を対象として、自傷行為や自殺行動を取った患者と取らなかった患者群を、人口統計学的および臨床的特徴に関して比較した。
それがどのような結果になったかについての詳細は、次回に述べることにしよう。