BPDとスティグマ(汚名)ーその1ー
アメリカの社会学者ゴフマンは、スティグマ(汚名)とは古代ギリシアに由来する言葉であり、悪名や不名誉を露わにするためにつけられた身体的な印や烙印を意味していたと指摘したーたとえばそれを持つ者は奴隷あるいは犯罪者なのである(Goffman, E. Stigma. Englewood Cliffs, N.J.: Prentice-Hall, 1963.)。
時代と共に、この言葉は不名誉であることの身体的な印というよりも、不名誉それ自体を指して用いられることの方が多くなった。
汚名を着せられた人々は、他の人から「健全で普通の人」から、「堕落し軽視される人」へと貶められるような属性を持つとされたのである。
さらに多くの場合、人々は汚名を着せられた人物のことを、「不名誉な特徴の原因」であるとして非難し始める傾向がある。
すなわち非難の矛先が、ある「属性(たとえば精神病)を持つこと」から、ある「人物であること」へと変わっていくのである。
そして人々は、汚名を着せられた人々からー誰かに強制されたというわけでもないにも関わらずー自発的に距離を置くことになるのだ。
さて、全ての精神疾患は、これまでに述べたような意味でのスティグマ(汚名)を背負っている。
ただし境界性パーソナリティ障害(BPD)に罹患した患者の場合、スティグマはとりわけ問題になりやすい。
その理由の一つは、患者が頼りにすべきメンタルヘルスの専門家たち自身が、BPDを否定的に捉える傾向があるためである。
この疾患に関して専門家が抱いている芳しくない見解は、患者が辿る転帰や治療可能性に関する誤った知識に基づいていることが多い。
(残念ながら多くの臨床家は、この疾患に関する最新の研究文献など読みはしない)。
しかしその弊害は大きい。
709名の臨床家を対象とした調査によれば、彼らの約半数はBPDが寛解するという可能性について悲観的だっただけでなく、この疾患の治療をおこなうのを回避する傾向がみられたのである(Donald W. Black, Bruce Pfohl, Nancee Blumほか;Attitudes Toward Borderline Personality Disorder: A Survey of 706 Mental Health Clinicians. CNS Spectr. 2011 Mar;16(3):67-74.)。
もちろんBPD患者を治療するのを専門家が好まない理由はそれだけではない。
情動不安定性や自己破壊的行動に代表されるような患者の問題行動をどのように理解したらよいのかーそれが「精神病理の性質」を示しているのか、彼らの「個人の性質」を示しているのかー良くわからない場合が間々見られることも大いに関係しているだろう。
「個人の性質」の問題と見なされるようになればなるほど、BPD患者は臨床家から中立的な立場で見られにくく、そして非難されやすくなっていくことになる。
当然ながら専門家が患者と治療関係を作ろうと努める可能性も乏しくなることだろう。
さらに、たとえ治療がなされた場合ですら、BPDと結びつけられているようなスティグマは、こうした患者の行動、思考、そして情動的反応を、臨床家がどの程度受け入れるかに対して悪影響を与える可能性がある(Aviram, R. B., Brodsky, B. S., & Stanley, B. (2006). Borderline personality disorder, stigma, and treatment implications. Harvard Review of Psychiatry, 14, 249–256.)。
また臨床家がBPDの病理がもたらす影響を過小評価し、結果的に彼らの個人的長所を見過ごすことにつながる恐れだってあるだろう。
いずれにせよ、一般社会の場合と全く同じように、臨床家(の少なくとも一部)がこうした患者から感情的に距離を置こうとしていることは間違いない(Mariangela Lanfredi, Maria Elena Ridolfi, Giorgia Occhialiniほか;Attitudes of mental health staff toward patients with borderline personality disorder:an italian multisite study. Journal of Personality Disorders, 33, 2019, 421)。
すなわちBPD患者は治療者から気難しい患者というレッテルを貼られることが多いだけでなく、さまざまな直接的・間接的な手段により治療から排除されている可能性がある。
次回はそのようなBPD患者に対する「治療からの排除のメカニズム」を、臨床家たちに対して綿密な面接をおこなうことを通して明らかにした、医療社会学者サンドラ・ズルツァーの興味深い論文を紹介したい。