BPDの予後を予測する因子は何かーその1ー
境界性パーソナリティ症(BPD)が示す転帰(疾患の治療における症状の経過や成り行き)にはさまざまなものがある。
どのような場合に良い転帰を示し、どのような場合にそうでないかを知りたいのは患者自身や家族だけでなく、研究者たちも同様であり、これまでにさまざまな因子について検討が加えられてきた。
まずBPDの予後に対してマイナスの影響を与える因子から取り上げることにしよう。
その代表的なものとして物質使用症が挙げられる。
アメリカでおこなわれた研究によれば、BPD患者のうち約半数は何らかの物質使用症ー最も一般的なのはアルコール使用症ーに罹患している。
逆に物質使用症に罹患している患者のうち、約25%はBPDの診断基準を満たしているとされる。
問題は、物質使用症が併存する場合、BPDの症状は悪化し、それにより慢性化が促進される可能性が指摘されていることである(Trull, T. J., Freeman, L. K., Vebares, T. J., Choate, A. M., Helle, A. C., & Wucoff, A. M.Borderline personality disorder and substance use disorders: An updated review. Borderline Personality Disorder and Emotion Dysregulation, 5, 15.2018)。
BPDの予後にマイナスの影響を与える可能性がある、もう一つの要因は性的虐待である。
小児期の性的虐待を経験すること、そしてその虐待が重篤なものであること(たとえば単なる性的いたずらではなく、実際に性交がなされること等)は、他の既知の危険因子とは無関係に、BPD患者が成人した後の自殺行動を予測した。
性的虐待を受けたBPD患者が成人した後に自殺を試みる確率は、性的虐待を受けたことのない患者の10倍以上だったのである(Soloff, P. H., Lynch, K. G., & Kelly, T. M.Childhood abuse as a risk factor for suicidal behavior in borderline personality disorder. Journal of Personality Disorders, 16, 201–214,2002)。
このタイプの虐待が、BPD患者の自殺リスクの増大や慢性化と関連しているという知見は、高リスク群を明らかにしたという意味で重要である。
ではBPDと併存することの多い、気分症、不安症、物質使用症、摂食症に代表されるような他の疾患は、この疾患の転帰にどのような影響を与えるのだろうか。
結論から先に述べるなら、BPDが時とともに寛解した患者では、併存するI軸障害(具体的には気分症、物質使用症、PTSD、他の不安症、そして摂食症)もまたー摂食症を除いてー有意に寛解する傾向がみられる(Zanarini MC, Frankenburg FR, Hennen J, et al. Axis I comorbidity in patients with borderline personality disorder: 6-year follow-up and prediction of time to remission. Am J Psychiatry ;161(11):2108–14.2004、Shah, R., & Zanarini, M. C. Comorbidity of borderline personality disorder: Current status and future directions. Psychiatric Clinics of North America, 41, 583–593.2018)。
その一方、BPDが経時的に寛解しなかった患者に関して、併存するI軸障害が寛解する傾向はほとんど認められなかった。
この結果は、BPDと併存している他の疾患が、BPDの予後に対して与える影響は、BPDが他の疾患の予後に与える影響ほど大きくはない可能性を示しているという意味で重要である。
またこの結果は、うつ病や不安症などに罹患している患者がBPDを併存している場合、多くの場合にはパーソナリティ症の治療を必要としていることを意味しているという意味でも重要だろう。
では逆に、BPDの予後に対してプラスの影響を与える要因を取り上げることにしよう。
マックグラシャンは、比較的早い時期にそのテーマを取り上げて検討した(McGlashan, T. H. The prediction of outcome in borderline personality disorder. In T. H.McGlashan (Ed.), The borderline: Current empirical research (pp. 61–98). Washington, DC:American Psychiatric Press.1985)。
その結果、転帰の良さと最も相関していたのは知能の高さ、感情不安定性の低さ、そして以前に入院していた期間の短かさだった。
(ただし転帰のばらつきのうち、これら3つの要因に由来する割合は大きくなかった)。
より厳密な転帰の予測因子としては、290名のBPD患者を入院時点から20年以上にわたり追跡した、マクリーン病院成人発達研究(MSAD : McLean Study of Adult Development)から得られたものがある(Temes, C. M., & Zanarini, M. C. The longitudinal course of borderline personality disorder.Psychiatric Clinics of North America, 41, 685–694, 2018)。
この研究をおこなったザナリーニらは、BPDからの回復を予測するような因子がどのようなものであるかについて調査した。
(ちなみにこの研究では、BPDからの回復を「BPDが寛解していること、心理社会的機能が良いこと、常勤で良好な職業(専業主婦を含む)機能を示していること、という3つの基準を同時に満たしている状態」として定義し、機能の全般的評価尺度[GAF:Global Asessment of Functioning]のスコアでは61~70点の領域に該当するものであるとしている)。
その結果、BPDからの回復を予測する要因として明らかになったのは以下の6項目である。
IQの高さ
研究開始以前に入院歴がないこと
回避的なタイプの他のパーソナリティ症を併存していないこと
研究開始以前に常勤で良好な職業(専業主婦を含む)機能を示していたこと
外向性が高いこと
協調性が高いこと
BPDが慢性的でなく、併存疾患を持たない方が予後が良いというのは理解しやすい。
だがそれ以外の要因が、患者が研究開始時点において既に持ち合わせていた、個人的能力や気質に関連したものであることは注目に値する。
例えば過去に他人が患者に何か悪いことをしたかどうか、あるいは何かするべきことをしなかったかどうかは、これらの予測要因の中には含まれていないのである。
ただし以上の結果は、あくまでもGAF(機能の全般的評価尺度)スコアで61~70点の領域に該当するような回復ーこれをザナリーニらは「良い回復(good recovery)」と呼んだーを達成した患者の特徴について調べたものである。
何を以て回復とするかが変われば、当然ながら回復の予測要因も変わってくることになるだろう。
何故このようなことをわざわざ述べるかと言えば、この「良い回復」はかなり不安定なものであり、BPD患者にとって本当に満足すべき回復像と見なして良いかどうかはわからないからである。
せっかく「良い回復」を達成しても、BPD患者がそれを維持するのは、実は必ずしも容易ではない。
時間の経過と共にその「良い」回復が失われてしまう場合も少なくないのだ。
(この点については、以前に「GAF71の壁」というテーマで詳述したことがあるので、興味のある方は参照していただきたい)。
回復の予測要因を正確に知るためには、「良い回復」よりも厳格な回復像に基づいて探る必要があるのかも知れないのである。
ではGAFスコアで71点以上に該当するような、更に厳格な回復(極めて良い回復[excellent recovery])を示した患者は、研究開始時点においてどのような特徴を持っていたのだろうか。
それについては次回に述べることにしようと思う。