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思春期におけるBPDーその2ー

前回の復習から入ろう。

感情不安定性や自己イメージあるいはアイデンティティの障害といったBPD(境界性パーソナリティ障害)に特徴的な症状は、たとえ思春期の子どもであっても、決して一般的にみられるようなものでは<ない>

実際にBPDを発症する若者を、正常な発達を遂げる若者達から識別することは、たとえ思春期であっても<充分な信頼度をもって>可能である。

以上のことが既に明らかになっている。

ではBPDという用語には<治りにくい厄介な患者>といったマイナスのイメージがつきまとうため、患者に対してそのような烙印を押すのは悪影響があるのではないか、という恐れについてはどうか。

まさしくこの問題について直接取り扱った研究が存在する(Courtney D.B.ほか;Impact of Diagnosis Disclosure on Adolescents with Borderline Personality Disorder、J Can Acad Child Adolesc Psychiatry, 25:3, 177-184,2016)。

救急外来受診を経て小児精神科急性期病棟に入院し、BPDであるという診断を受けた思春期患者23名に対して、この診断を受けたことに対してどのように感じたかを、診断後1か月してから調査したのである。

この研究結果によれば、BPDであると診断された思春期の患者は、この診断を受けて気持ちが楽になるということはーさすがに!ーなかったものの、BPDという診断を正確であり、自分の病状を的確に捉えたものであると理解していた。

またこの診断を受けたことにより、外来治療を受ける上で何らかの支障が出たとは考えていなかった。

では思春期患者の周囲の人々が、BPDという診断を知ることは、治療に対してどのような影響を与えるのだろうか。

それを明らかにする目的で、思春期のBPD患者の家族および友人に対して、この疾患に関する心理教育をおこなう研究がオーストラリアでおこなわれた(J. Pearceほか;Evaluation of a psychoeducational group intervention for family and friends of youth with borderline personality disorder、Borderline Personal Disord Emot Dysregul、4:5、2017)。

「BPDの意味を明らかにする(Making Sense of Borderline Personality Disorder :MS-BPD)」と名付けられた介入をおこなうことを通して、ケアをおこなう家族や友人たちが抱く主観的な負荷は、むしろ著しく減少することが明らかになった。

以上のように、治療をおこなうという文脈の中で診断がさなれた場合、BPDという診断から思春期の患者(および周囲の人々)がマイナスの影響を受けるというエビデンスは存在しない。

むしろ思春期の患者に対して早期に診断をおこなうことは、長期的な転帰を改善する可能性が高いのである(Lois W.Choi-Kainほか著;Handbook of Good Psychiatric Management for Adolescents with Borderline Personality Disorder,American Psychiatric Association Publishing, 2021)。

無理もないことだが、BPDに罹患した思春期患者は、アイデンティティを形成し、学校生活に取り組み、社会的ネットワークを作り上げ、自律性を高めるという発達上の課題を上手くこなすことが出来ない可能性がある。

BPDに罹患してることを早期に明らかにし、治療的介入をおこなうことにより、この疾患が正常な発達を妨げるのを最小限にとどめることができるだろう。

すなわち「パーソナリティ障害」という名称とは裏腹に、BPDという診断を理解し、治療可能であるのを知ることにより、思春期の患者はこれが自分を「人として」規定するようなものではなく、対処すべき疾患であることを理解できるのである。

既に若者に対する早期支援(The Helping Young People Early:HYPE)プログラム、青年期患者を対象とした弁証法的行動療法(Dialectical behavior therapy for adolescents:DBT-A)、青年期患者を対象としたメンタライゼーションに基づく治療(Mentalization-based treatment for adolescents:MBT-A)といった、青年期のBPD患者およびその家族を対象とした治療法も開発されており、自傷行為、自殺念慮、抑うつ症状などに対して有効であることが明らかになっている(Chanen AM, Jackson HJほか、Australian and New Zealand Journal of Psychiatry, 43(5),397–408,2009;Mehlum, L., Tormoen, A. J.ほか、Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry, 53(10), 1082–1091,2014;Rossouw TIとFonagy, P 、Journal of the American Academy of Child and Adolescent Psychiatry,51(12), 1304–1313,2012)。

こうした研究動向を反映し、2009年に英国国立臨床研究所が制定した英国の治療ガイドラインだけでなく、2013年にオーストラリア保健医療研究評議会が制定したオーストラリアの治療ガイドラインでは、BPDという診断を思春期の患者に対してつけることの正当性を公式に認めている。

また世界保健機関(WHO)が定めた国際疾病分類の第11回改訂版(ICD-11)もまた、これまで “青年期後半や早期成人期に診断するのは不適切 “とされていたパーソナリティ障害を、慎重ではあるが小児期に診断するための新たな指針が盛り込まれた。

(先に述べたように、DSMでは既に第4版の改訂版以来、思春期の患者に対してパーソナリティ障害という診断を下すことを公式に認めていた)。

(ちな)みに思春期のBPDは一般青年人口の1~3%にみられ、青年期外来患者の11%、青年期入院患者の33~49%、青年期に自殺企図をおこない入院した患者の62%、青年期に自殺企図をおこない救急外来を受診した患者の78%を占めることが明らかになっており、とりわけ臨床領域においては決して稀な疾患ではない(Zanarini MC, Horwood Jほか、 J Personal Disord. 25:607–19.2011;Lewinsohn PM, Rohde Pほか、J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. 36:1752–9.1997;Johnson JG, Cohen Pほか, Acta Psychiatr Scand.118:410–3,2008;Knafo A, Guilé JMほか、Can J Psychiatry.60(2 Suppl 1):S46–S54.2015;Greenfield B, Henry Mほか、Eur Child Adolesc Psychiatry. 24(4):397–406.2015;Greenfield B, Henry Mほか、 J Can Acad Child Adolesc Psychiatry. 17(4):197–201.2008)。

あまりこの実態が知られていないのは、この年齢の患者に対して、BPDという診断をつける試みがなされない場合が多いだけの話だ。

実際にはBPDは思春期において確実に診断することが出来るし、その信頼性と妥当性は成人と同程度であることを示す証拠が数多く存在しているのである(Miller AL, Muehlenkamp JJほか、Fact or fiction:diagnosing borderline personality disorder in adolescents. ClinPsychol Rev. 2008;28(6):969-981, Chanen AM,McCutcheon L : Prevention and early intervention for borderline personality disorder: current status and recent evidence.Br J Psychiatry 202, s24–s29.2013)。

海外においては青年期の患者を最初に診た一般の医師(家庭医)、あるいは小児科医がBPDという診断をつけることに対する抵抗感は次第に減少しつつある。

たとえばデンマークで行われた疫学調査では、1970年から2009年までの間に、BPDという診断をつけられた青年期患者の数は直線的に増加している(Orts Clemmensen LM. Olrik Wallenstein Jensen S他、Changes in treated incidence of borderline personality disorder in Denmark: 1970-2009. Can J Psychiatry. 58(9):522–528.2013)。

またカナダの公的健康保険制度を通して得られたデータに基づく疫学調査もまた、14歳から17歳の女性患者に対してBPDの診断をつける頻度が増加していることを示している(Cailhol L, Pelletier É他、Prevalence, mortality, and health care use among patients with cluster B personality disorders clinically diagnosed in Quebec: a provincial cohort study, 2001–2012. Can J Psychiatry. 62(5):336–342.2017)。

これまでに述べたような最近の研究成果に鑑みて、診断基準を満たしており、その状態が長期(DSMの定めるところによれば1年間)にわたって持続しているなら、思春期においてBPDの診断をつけることに何ら問題はないとみなして良いのである。

以上のような知識が専門家の間で共有されていけば、小児期から思春期の患者であれば(しばしば大人の患者に対しても)とりあえず「発達障害」というレッテルを貼るという、嘆かわしい診断上の流行現象が、多少なりとも緩和されることになるだろう。