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思春期におけるBPDーその1ー

今回は小児期あるいは思春期における境界性パーソナリティ障害(BPD)というテーマについて扱うことにする。

このように書くと、それだけで戸惑う人もいるかも知れない。

パーソナリティ障害とは、そもそも18歳以上の患者に対してのみ下される診断ではなかったのか?。

もちろん実際にはこれは誤解なのだが、問題はこの誤解が決して一般の人々にだけ見られるものではないことにある。

専門家の中ですら、「DSM(米国精神医学会が定めた精神疾患の分類と診断の手引き)では、青年期患者に対してパーソナリティ障害という診断をつけるのを許容していない」と信じている人達が今でも大勢いるのだ。

確かにDSMの第3版(DSM-Ⅲ)および第4版(DSM-Ⅳ)でそのように定められていたのは事実である。

だが2000年に刊行されたDSM-Ⅳ-TR(第4版の改訂版)から、「症状が少なくとも1年以上持続するならば」思春期患者に対してパーソナリティ障害という診断を下すのを許容していることを知らない人は多い。

ただし思春期患者に対してパーソナリティ障害という診断を下すのに躊躇(ためら)いを示す臨床家が多い主な理由は、必ずしも「DSMで許されていないと誤解しているから」ではない。

以上に挙げたような事情以外にも、幾つかの大きな理由があるのである。

順を追って説明しよう。

パーソナリティ障害は青年期(思春期の始まりから若年成人期に至るまでの期間)に端を発することに関しては広く合意が得られており、それに表だって反論する者は殆ど居ない。

それにも関わらず、BPDという診断を18歳未満の児童に対して下すことに関しては、これまで以下の3つの理由により消極的な態度を取る臨床家が多かった。

第1に感情不安定性や自己イメージあるいはアイデンティティの障害といったBPDに特徴的な症状は、青年期には一般的にみられるものであるとみなされてきたこと。

第2に青年期においてはパーソナリティの発達は流動的であるから、この時期にBPDの診断を下すのは妥当ではないとみなされてきたこと。

第3にBPDという用語には<治りにくい厄介な患者>といったマイナスのイメージがつきまとうため、患者に対してそのような烙印を押したくないという臨床家が多かったことである。

しかしながら今世紀に入ってなされたさまざまな研究により、これらの思い込みが誤りであることが実証されている。

第1に青年期が波乱に富んだ時期であるという広く信じられている考えは、発達研究による裏付けが得られなかった。

10代の若者の大半は、実際には「青年期の混乱(adolescent turmoil)」など経験しない(Offer.D,Offer.J,Three developmental routes through normal male adolescemce. Adolescent Psychiatry, 4,121-141,1975)し、成人期の精神疾患に対して高リスクな青年群の場合ですら、全ての者がこのような混乱を経験するわけではない(Cicchetti D,Rogosch FA, A developmental psychopathology perspective on adolescence. Journal of Consulting and Clinical Psychology, 70, 6–20,2002)。

他方でBPDの病理はまさしく「青年期の初め」の時期に現れ、その病理は若年成人期に至るまで進展していくことが、2つの大規模な縦断的研究によって明らかにされている(Cohen P, Crawford TNほか,The children in the community study of developmental course of personality disorder. J Personal Disord.19:466–86.2005;Stepp SD, Pilkonis PAほか,Stability of borderline personality disorder features in girls. J Personal Disord. 24:460–72,2010)。

第2に青年期において、実際にBPDを発症する患者群を、正常な発達を遂げる若者達から識別することは、充分な信頼度をもって可能であることが明らかにされている(De Fruyt F, De Clercq B,Antecedents of personality disorder in childhood and adolescence: toward an integrative developmental model. Annu Rev Clin Psychol.10:449–547,2014;Nakar O, Brunner Rほか,Developmental trajectories of self-injurious behavior, suicidal behavior and substance misuse and their association with adolescent borderline personality pathology. J Affect Disord.197:231–8.2016)。

衝動性、アイデンティティに関する障害、そして感情不安定性は、健常な若者の間では青年期を通して減少していくのとは対照的に、BPDを発症する青年期の若者の場合には時と共に増加していくのである(De Fruyt F, De Clercq B,Antecedents of personality disorder in childhood and adolescence: toward an integrative developmental model. Annu Rev Clin Psychol.10:449–547,2014;Chanen AM, Jackson HJほか,Two-year stability of personality disorder in older adolescent outpatients. J Personal Disord.18:526–41.2004;Ha C, Balderas JCほか,Psychiatric comorbidity in hospitalized adolescents with borderline personality disorder. J Clin Psychiatry.75:457–64.2014)。

これらの研究を主導した研究者の一人であるChanen AMは、今やBPDは一生を通して単一の疾患概念と見なされるべきであり、「青年期のBPD」という用語は誤解を招きやすいので用いるべきではないと述べている(Chanen AM,Personality disorder in young people: are we there yet?,J Clin Psychol.71:778–91,2015)。

だが、例えそうだとしても、思春期の患者に対してBPDという診断を下すことは、患者に屈辱感を与えるのではないか、あるいは患者が治療者から批判されたと感じるではないかと不安を覚える人もいるかも知れない。

だが「あなたは境界性パーソナリティ障害です、以上」という、お別れの挨拶のような「診断」の与え方をするというのならともかくー残念ながらそういう与え方をすることは実際にあるようだがーこの疾患が治療可能であり、適切に治療するなら大半の場合には改善することを、診断と同時に告げるなら、患者が傷つく可能性を最小限に抑えることは可能である。

それどころか思春期においてBPDの診断を下し、治療をおこなうことは、その患者の長期的な転帰を改善する可能性が高いのだ。

そのあたりの事情については次回に述べることにしよう。