GAF71の壁ーその3ー
これまでに述べたように、長期にわたって経過を追うにつれて、BPD患者の多くが 「良い回復(good recovery: GAFスコアが61~70の区間に到達し、その状態を2年間維持すること)」を示す。
その割合は16年間で約60%に及ぶ。
これだけ見ると、BPD患者の予後は比較的良いように見えるかも知れない。
だが意外にそうとも言い切れないのである。
一つは「良い回復」を示すBPD患者の割合が、16年目以降さらに8年間(24年目まで)経過を追っても60%のままであり、おそらくその後は増加しないと思われることが挙げられる(M.C. Zanarini, C.M. Temesa, F.R. Frankenburg他:Description and prediction of time-to-attainment of excellent recovery for borderline patients followed prospectively for 20 years, Psychiatry Res. 2018 Apr ; 262 :40-45) 。
さらに問題なのは、ガンダーソンがおこなった、もう一つの大規模な予後研究(パーソナリティ障害に対する共同縦断研究[CLPS])によれば、全てのBPD患者が示すGAFスコアの「平均値」に注目した場合、10年間でほとんど変化がみられかったことである(J.G. Gunderson, R.L. Stout他;Ten-Year Course of Borderline Personality Disorder, Arch Gen Psychiatry. 2011 August ; 68(8): 827–837. )。
もちろんCLPSでも「良い回復」と言って良いレベルに達する患者の割合は少しずつ増えていっている(おそらくある時期までは)。
だがGAFスコアの平均値は、10年間の経過を通して53から57に上昇するにとどまる。
では経過観察10年後にBPD患者が示すGAFスコアの平均値が属する、51~60の区間とはどのようなものか。
それは以下に挙げるaあるいはbのどちらかが認められることで定義される区間である。
a.中等度の症状(例:感情が平板で、会話がまわりくどい、時にパニック発作が起きる)がみられる
b.社会的、職業的、または学校の機能における中等度の障害(例:友人がほとんどいない、同級生や仕事の同僚と諍[いさか]いを起こす)。
もしこれが本当に10年後のBPD患者が示す平均的な「改善」像だったとしたなら、それに満足できる人はとても少ないことだろう 。
統合失調症の残遺状態を想定しているとおぼしき「感情の平板さ」や、思考障害の存在を思わせる「会話のまわりくどさ」はもとより、「友人がほとんどいない」のも、「同級生や同僚との諍(いさか)い」にしても、患者が社会生活を満足のいく程度に送る上で足を引っ張る要素ばかりなのだから。
もちろん実際にはこれが「10年後の平均的なBPD患者の状態像」であるわけではない。
それどころか恐らくGAFスコア51~60の区間に属するBPD患者が最も多いというわけでもないのである。
一体どういうことか。
改善する患者の割合が(少なくともある時期までは)増大しつつ、同時に全体としてはGAFスコアの平均値がさして変わらないことの裏には、あるメカニズムが存在するのである。
それについてはまた次回に述べることにしよう。