GAF71の壁ーその1ー
ずいぶん間が空いてしまったけれど、時代も「平成」から「令和」へと移り変わったことだし、再び書きこむことにしようと思う。
今回は境界性パーソナリティ障害(BPD)の治療にまつわる「壁」の話。
BPDの治療には、「GAF71の壁」というものが存在する。
と言われても何のことかさっぱり分からないという人が大半だろうから、まずはGAFとは何かから説明しよう。
GAFとは機能の全体的評定尺度(Global Assessment of Functioning)の略であり、つけられた診断がどのようなものであるかに関わりなく、その患者の(通常は評価をおこなう1週間前までの期間における)精神医学的機能全体を評価するために作成された尺度である(Waguih William Ishak, Tal Burt, Lloyd I.Sederer編:Outcome Measurement in Psychiatry: A Critical Review, Amer Psychiatric Pub, 2002)。
この評価尺度のスコアは1(最も病的)から100(最も健康)にわたり、10の区間に(たとえば1~10までの区間、11~20までの区間、といった風に)等分される。
またそれぞれの区間は具体的な特徴により定義される。
たとえばGAFスコアが91~100の区間にあると評価される人物は、健康度が最も高い(全く症状がみられず、極めて健康的であり、生活の多くの側面における機能が優れた水準を保っている)。
逆に入院する必要のある患者は、GAFスコア1~30の区間にあると評価されることが多い。
入院するには及ばないが、外来に通院する必要がある患者は、概(おおむ)ねGAFスコア31~70の区間にあるということになる。
すなわち精神科治療を受ける必要がある者の大半は、GAFスコア1~70の区間にスコアリングされるということである。
逆にある人物のGAFスコアが71以上であるとは、その人物が基本的に「精神科の治療を受ける必要がない」と見なされていることを意味している。
そしてここからが今回のテーマと関連している問題なのだが、多く(6割以上)のBPD患者は、20年もの長期にわたり経過を追ってもGAFスコアが71以上の区間に到達しないのである(Mary C. Zanarini, Christina M. Temesa, Frances R. Frankenburgほか:Description and prediction of time-to-attainment of excellent recovery for borderline patients followed prospectively for 20 years、Psychiatry Res. 2018 Apr;262:40-45.)。
急いで付け加えておくなら、これはBPD患者の症状が改善しないと言うことではないし、心理社会的機能が改善しないと言うことでもない。
たとえばBPDの寛解率は、むしろ高いと言っても良いほどであり、10年間で85%の患者が診断基準を満たさなくなるだけでなく、再発率も15%とかなり低い(Gunderson JG, Stout RL, McGlashan THほか::Ten-year course of borderline personality disorder: psychopathology and function from the Collaborative Longitudinal Personality Disorders study. Arch Gen Psychiatry 2011; 68:827–837)。
また心理社会的機能に関しても、GAFスコアが71以上の区間ではなく、61~70の区間に達すれば良い、というふうに基準を緩めれば、長期的には到達することができる患者の方が多い。
すなわちフォローアップすること10年で約50%、20年で約60%のBPD患者がこの区間に到達する。
こうしたGAFスコア61~70の区間に達したBPD患者を、ザナリーニは「良い回復(good recovery)」を示した患者であると呼んだ。
達成できる可能性が(長期的には)比較的高いことも一因だろうが、ザナリーニに限らず、BPD患者の回復の指標を、GAFスコア61~70の区間に達することとする研究は多い。
だが次回に詳しく論じるように、BPD患者がせっかく達成した「良い回復」は、後に失われてしまう場合が少なくない。
すなわちBPD患者にとって、症状が寛解するに至ることと比べて、「良い回復」を維持することの方が遙かに難しいのである。
ひょっとすると「良い回復」は、満足すべき回復像とはいえないー充分に良くはないーのかも知れないのである。
私が「GAF71の壁」と呼んだものに拘る理由はそこにある。