診断にまつわる問題 その1
境界性パーソナリティ障害(BPD)に限らず、パーソナリティ障害(PD)の診断をーとりわけ個人面接の枠内でーつける際には、以下のような独特の難しさがつきものである。
パーソナリティとは、ある人物が自分や他人、さらに周囲の環境を観察し、考え、関係していく上での様式(型)として定義できる。
まず厄介なのは、「ある人物が自分のパーソナリティをどのように捉えるか」に関しても、その人物のパーソナリティによって影響を受けてしまうことである。
実際パーソナリティ障害に罹患している患者が、自分のパーソナリティにまつわる問題について、充分に当てになるような形で報告してくれることは決して多くない(逆にそのような報告がきちんと出来るようになったら、その患者は相当に改善しているということになる)。
治療者が臨床的評価をおこなう場合、基本的には面接を通してデータ収集をおこなうことになるから、これはこうした患者の面接を通して得られた情報が不十分であったり、偏ったものになったりしがちであるということを意味している。
おまけにBPDの患者が医療機関を受診するのは、不安障害、うつ病、PTSD、薬物乱用といった、この疾患と併存している他の精神疾患エピソードのさ中であることが多いときている。
BPDに特徴的な症状というよりは、不安や抑うつ、心的外傷といった、患者自身がまず問題にしやすい症状に話が向かいがちになるのも無理はない。
私自身は必ずしもそうは思わないが、BPDを診断するのがたやすくないと考える人がいるのにも、全く根拠がないわけではないのである。
それでも臨床に携わる専門家がBPDを正しく認識し診断をつけること、とりわけ上記のような精神疾患がみられた場合に、BPDが併存しているかどうかをきちんと把握しておくことは、臨床的に極めて重要である。
たとえばうつ病とBPDが併存している場合、これら2つの疾患はそれぞれの予後や再発率に対してマイナスの影響を与え合うが、BPDがうつ病の予後に対して与える影響の方がより明確であり、その度合いも大きい(John G. Gundersonほか:Interactions of Borderline Personality Disorder and Mood Disorders Over 10 Years, J Clin Psychiatry 75:8, 2014 )。
またBPDとうつ病が併存している場合、うつ病に対する抗うつ薬や、他の薬物療法の効果は乏しくなる(Mercer Dほか:Meta-analyses of mood stabilizers, antidepressants and antipsychotics in the treatment of borderline personality disorder: effectiveness for depression and anger symptoms. J Pers Disord. 2009;23(2):156–174)。
これはこうした患者に生じる抑うつ症状が、併存しているうつ病に由来しているというよりも、自分の生活や人生に対して抱いている不満(不幸であること)に由来している可能性の方が高いことを示している。
BPDとうつ病が併存している場合、BPDの治療が優先されるべき理由はそこにあるが、この事実は専門家にも必ずしも周知されているとは言えない。
不安障害とBPDが併存している場合も同様である。
BPDは全般性不安障害、社交不安、そしてPTSDの予後に対してマイナスの影響を与えるが、PTSD以外の不安障害は、BPDの予後に対してほとんど影響を与えることがない。
またBPDの寛解は、不安障害の寛解を促進することが多い( Keuroghlian, A. S. ほか: Interactions of borderline personality disorder and anxiety disorders over
10 years. J. Clin. Psychiatry 76, 1529-1534, 2015)。
Keuroghlian, A. S.らは、とりわけ全般性不安障害と社交不安がBPDと併存している場合には、BPDの治療を優先するべきだと論じている。
このような戒(いまし)めを臨床家が蔑(ないがし)ろにした場合、どのような形で望ましくない事態が生じる可能性があるか、そしてそれを避けるためにはどのような方法を取るべきかについては、次回でより詳しく論じることにしよう。