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BPDとADHDーその2ー

前回の続き。

前回述べたように、BPD(境界性パーソナリティ障害)やADHD(注意欠如多動症)は、両者とも小児期(主としてADHD)または思春期(主としてBPD)に発症し、症状や問題行動が持続的に認められるという意味で、「発達性」の疾患と考えることができる。

だがADHDの発症年齢の「高齢化(?)」は、前回も述べたように止まるところを知らないという現状がある。

だから、発症年齢と症状の経過のみを検討することにより、これらの診断を鑑別するのは、さしあたりあまり現実的とは言えない。

つまり両者の鑑別診断は、この2つの障害を定義するために用いられる、具体的な症状や行動がどのように異なるかに基づいて行われるほかはないのである。

確かにBPDの症状と、ADHDの症状(およびそれに関連してみられる問題)には、一見したところかなりの重複があるように見える。

しばしば挙げられるのは衝動性や感情調節障害に関する問題だろう(注意力に関する問題については後に述べる)。

しかし詳細に検討してみると、これらの症状の現れ方はBPDとADHDで異なっていることがわかる(Ismene Ditrich他、Borderline Personal Disord Emot Dysregul. 2021 Jul 6;8(1):22.)。

まずは衝動性について考えてみよう。

確かにBPDの代表的な症状の一つは衝動性であるし、ADHDにりかに罹患している患者の中にも、()えて危険な行動(衝動的行動)を取る者がいるのは事実である。

しかしADHDとBPDにみられる衝動性の現れ方には、重要な質的違いがあることに注意する必要がある。

BPD患者の衝動性は、文脈を手がかりとして反応を抑制する能力に問題があることによって生じるのであり、しばしばストレスによって引き起こされる傾向がある(Fiona van Dijkほか、Psychiatry Res. 2014 Mar 30;215(3):733-9;A. Krause-Utzほか、Psychological Medicine (2016), 46, 3137–3149.)。

それに対してADHD患者が示す衝動性とは、進行中の反応を中断することの難しさなのである(Ismene Ditrich他、Borderline Personal Disord Emot Dysregul. 2021 Jul 6;8(1):22.)。

「自分の順番を待てない、会話中に出し抜いて答え始めてしまう(人の話を遮ったり、人の話にかぶせたりすること)、他人を妨害し、邪魔する(会話や活動に割り込む、他人がやっていることに口出ししたり、横取りしたりする)」といったADHDの症状は、そのような衝動性の典型的なものである。

神経心理学的検査に基づいて得られたこれらの結果を、BPDやADHDの症状行動と直接的に結びつけることが出来るとは限らないかも知れない。

しかしこれはADHD患者が示す衝動性が、神経認知的な障害を反映したものであり、他方でBPD患者が示す衝動性は、より複合的な病因を持つ可能性があることを示している。

では感情調節障害に関してはどうだろう。

なるほどBPDとADHDのいずれの場合にも、情動を引き起こすような出来事に際して、感情調節障害を引き起こすような、不適切なやり方で対応しがちであるのは事実である(Eva Rüfenachtほか、Borderline Personality Disorder and Emotion Dysregulation.2019;6:11)。

しかしADHD患者はBPD患者に比べて、感情調節をおこなう必要に迫られた場合に、より適応的な方法を用いることが多い。

具体的には、大局的に見ること、前向きな形で着目し直してみること、前向きに評価し直してみること、受容すること、計画に再び注力することといった方法を用いて対処する傾向が見られる。

また感情調節障害の程度もBPD患者より軽いことが多い。

それに対してBPD患者は、同じような状況に際して、より不適応的な方法を用いる傾向がある。

具体的には、自分を責めること、他人を責めること、繰り返し思い巡らすこと、必要以上に大騒ぎすることといった方法を用いてしまうことが、より多いのである。

また感情調節障害の程度は、概してADHD患者よりも重篤である。

以上のように、ADHDとBPDに見られる行動の間には表面的な類似性があるものの、両者の認知の仕方には質的に重要な違いがある。

注意力の欠如についてはどうか。

確かにこれはADHDの最も代表的な症状の一つではある。

ただしとりわけBPDとの鑑別が問題になるような、思春期あるいは成人期以降の患者の場合、不注意は不安や抑うつを伴うような、さまざまな精神疾患において広汎に認められる症状であることを忘れてはならない。

こうしたことに対して注意深く鑑別をおこなうことが、近年ますます重要となって来ている。

なぜならADHDだけでなく、あらゆるタイプの患者に対して精神刺激薬が処方される傾向が、年を追う毎に著しく増大して来ているためである(Olfsonほか、J Clin Psychiatry.74(1):43-50.2013)。

もちろん多くのBPD患者に対しても、精神刺激薬が処方されていることだろう。

だが精神刺激薬が、BPDに対して何らかの特異的な効果を示すというエビデンスは存在しないのである(Stoffersら、Cochrane Database of Systemic Reviews,6,CD005653,2010)。

(もちろん「スマートドラッグ(勉強の効率向上や眠気覚ましのために用いられる薬物)」としての効果なら、普通の人達に対する場合と同様に、BPD患者に対してもあるだろうが)。

無効であるだけならまだ良いかも知れない。

しかしBPDに罹患している患者が、物質乱用をしばしば併存する傾向があることは良く知られた事実である。

精神刺激薬がBPDに対して処方された場合、普通の人達が服用する場合以上に物質乱用のリスクを高める可能性があることは忘れてはならないだろう。

衝動性や感情調節障害、不注意といった症状を示す患者に対して、安易にADHDという診断を下してはならない理由はそこにある。