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BPDに対する治療者の態度ーその3ー

前回に述べたように、BPD(境界性パーソナリティー障害)の患者を診ることに意義や目的を見出しているかどうかは、個々のセラピストによってかなり大きな差がみられる。

(そして無理もないことだが、BPDを治療することに意義や目的を見出しているかどうかは、そのセラピストがこの疾患を治療するための技能を、多少なりとも持ち合わせているかどうかと関連している可能性が高いだろう)。

また 「できればBPDの治療に携わりたくない」、すなわち「 自分はBPD患者を治療する上で適任ではない 」と考えている 精神科領域の専門家の割合は、残念ながら約半数にのぼる。

だがそれだけであればまだしも救いはある。

もしあるセラピストが、自分はBPDの治療に適性がないと思うのなら、きちんと診断をつけた上で、 この疾患の治療に携わることを厭(いと)わない治療者のもとへ紹介すれば良いのである。

だがここで問題になるのが、「きちんと診断をつけた上で」という部分である。

果たしてBPDは、専門家によりきちんと認識・診断されているのだろうか。

これまでになされた研究の示すところによればその答えはノーである。

BPDの診断率に対して、評価方法が与える影響の程度を調査する目的でおこなわれた研究は、「BPDを認識・診断しない(あるいはしたくない)」という臨床家の傾向を明らかにした(Zimmerman M, Mattia JI. Differences between clinical and research practice in diagnosing borderline personality disorder. Am J Psychiatry. 1999;156(10):1570-1574)。

ロードアイランド病院方式の診断評価および業務の改善法(MIADS)プロジェクトの一環としておこなわれたこの研究では、ロードアイランド病院を受診した外来患者を2つのグループに分け、1つの群に対しては通常の診断面接を、もう一つの群に対してはBPDに関する構造化面接(あらかじめ定められた評価基準と質問項目を用いて、マニュアル通りに実施していく面接方法)をおこない、それぞれの群におけるBPDの診断率を比較した。

きちんと構造化面接をおこなった場合、BPDと診断される患者の割合は、通常の診断面接をおこなった場合に比べて36倍(!)も高かった(通常の診断面接では0.4%の患者がBPDと診断されたのに対して、構造化面接をおこなった場合、その割合は14.4%に跳ね上がった)。

この研究で興味深いのは、構造化面接から得られた情報を事前に与えられていた場合、臨床家がBPDと診断を下す割合はーたとえ通常の面接をおこなう場合であってもー23倍に跳ね上がることである。

他の研究もまた、日常の臨床において、専門家たちがBPDを認識・診断したがらないという傾向を明白に示している。

たとえばペンシルバニア大学の外来クリニックでなされた研究から得られた結果もまた、ロードアイランド病院でなされた研究から得られた結果と極めて似たものだった (Magnavita JJ, Levy KN, Critchfield KL他. Ethical considerations in treatment of personality dysfunction: using evidence, principles, and clinical judgment. Professional Psychology: Research and Practice. 2010;41(1):64-74.) 。

通常の診断面接においてBPDであると診断される患者の割合は1.6%であったのに対して、半構造化面接(あらかじめ定められた質問に沿って面接を進めながらも、質問内容などを状況に応じて柔軟に変えることが許されている面接法)をおこなった場合には20%にまで増加したのである。

この数値は通常の面接をおこなった場合に得られた値の12.5倍である。

こうした臨床家の傾向がもたらす、ほとんと必然的と言っても良いような結果として、前回も述べたように、ほとんどのBPD患者(74%)は、最初に精神科を受診してから正しい診断をつけられるまでに10年以上(平均10.44年)の時間を空費することになる。

もちろん臨床家の側にも言い分が無いわけではない。

彼らはパーソナリティ障害を診断するためには、長期にわたる縦断的な観察に基づく必要があると主張するのである(Westen D. Divergences between clinical and research methods for assessing personality disorders: implications for research and the evolution of axis II. Am J Psychiatry.1997;154(7):895-903.)。

だがそれは事実ではない。

MIADSプロジェクトの結果が示しているように、構造化面接から得られた情報を事前に与えられていた場合、臨床家たちは初回面接であってもBPDという診断を下すことを厭(いと)わなかったのだから。

つまりBPDという診断を下すために重要なのはーたとえば初回面接においてー適切な情報収集をおこなうことであって、必ずしも長期にわたる縦断的観察ではないのである。

逆に言うならBPDは、充分な情報収集がなされることがまことに少ない疾患であるということになる。

何故そんなことになってしまうのだろうか。

もちろんBPD患者が自分の症状を隠しているわけではない。

もし専門家からきちんと正面から問われるなら、BPDの患者は自分に同一性障害や空虚感、さらにはいわゆる「見捨てられ不安」といった、この疾患に特徴的な症状が存在することを率直に話してくれることだろう。

だが少々奇妙に思われるかも知れないが、BPDの患者は通常の場合、そうした自分の疾患に特徴的な症状を、自ら積極的に語ることはしないのである。

おそらく彼らにとって、そうした経験をすることが「当たり前」になってしまっているため、わざわざ「症状」や「悩み」として臨床家に申し立てようとは思わないのだろう。

また充分な情報収集がなされることが少ないことには、以下のような事情も絡んでいる。

BPDは他の精神疾患を併存している場合が多い。

たとえばBPDに大うつ病が併存している割合は約50%、不安障害が併存している割合は約50%、そして物質使用障害が併存している割合は約30%である(J.G.Gunderson,Handbook of Good Psychiatric Management for Borderline Personality Disorder,American Psychiatric Association Publishing,2014、p.53、Washington D.C.[ジョン・G・ガンダーソン著、境界性パーソナリティ障害治療ハンドブックー「有害な治療」に陥らないための技術ー、黒田章史訳、岩崎学術出版、p.79、2018])。

したがって彼らが初診時に主訴として訴えるのは、これらの疾患と関連した症状ー抑うつ気分、不安感やパニック発作、薬物乱用などーということになりがちである。

さて、こうした症状を主訴として外来を訪れた患者がいたとしよう。

外来業務に勤(いそ)しむ臨床家たちには時間がない。

患者が自分から進んで訴えるわけでもない、空虚感や同一性障害といったBPDに特徴的な症状を、わざわざ手間暇かけて聞き出すことは、例えあったとしても稀(まれ)だろう。

また概して現代の精神科医は、薬物療法の専門家としての役割を期待されることが多く、心理社会的治療の専門的トレーニングを受けている者は少ない。

専門家の多くが、BPDの精神病理に対してほとんど、あるいは全く関心を払わないのは無理ならぬ面があるだ。

BPDが著しく過少診断されてしまう傾向があるという問題には、以上のような複雑な事情が絡んでいるのである。