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BPDに対する治療者の態度ーその2ー

境界性パーソナリティ障害(BPD)をめぐる治療者の態度について、フロリダ大精神科准教授のマイケル・シャピロは、専門家の立場から率直に以下のような「告白」をしている(Shapiro, M. ,The stigma toward BPD. Current Psychiatry. 2018 February;17(2):19-21)。

「正直に言おう:多くの精神科医はこの診断をつけない。なぜなら彼らは自分の患者にこの診断をつけたくないし、この診断がついた患者を治療したくもないからである」

シャピロは正しい。

BPDという診断をつけるくらいなら、自傷行為や自殺企図などの問題行動を繰り返すうつ病、双極性障害、あるいはー今流行の診断名で言うならー「大人の発達障害」とでもつけておいた方がよほど良いと考える精神科医は多いからである。

パーソナリティ障害は治療不可能である、あるいはこの診断には軽蔑的なニュアンスがあるという誤った考えに基づいて、臨床家たちをこの診断をつけることに二の足を踏むのである。

驚くべきことに、BPD患者が正しい診断を受けるまでには、最初に医療機関を訪れてから10年以上かかることが多い(Magnavita JJ, Levy KN, Critchfield KLほか. Ethical considerations in treatment of personality dysfunction: using evidence, principles, and clinical judgment. Professional Psychology: Research and Practice. 2010;41(1):64-74)。

(因[ちな]みにBPD患者が誤診されることの多い、最も一般的な診断名は双極性障害[17%]、うつ病[13%]、そして不安障害[10%]である)。

この診断名をきちんとつけるか否かが、治療法の選択から予後に至るまで、極めて大きな影響を与えることが今では明らかになっているにも関わらず、依然としてこのような状況はほとんど改善されていない。

こうした傾向からもわかるように、BPDはあらゆる精神疾患の中で、最も汚名を着せられている(stigmatized)ものの一つである(Sheehan, L., Nieweglowski, K., & Corrigan, P. , 2016. The stigma of personality disorders. Current Psychiatry Reports, 18(1), 11.)。

もちろんこうなってしまうことには理由がある。

一般の人達だけでなく、専門家たちですら、パーソナリティ障害に罹患している患者を、他の精神疾患に罹患している人達に比べて「障害の程度がより軽い」、「より操作的である(manipulative)」、そして「自分の行動をコントロールする能力がより高い」とみなす傾向があるのだ(Lewis G, Appleby L. Personality disorder: the patients psychiatrists dislike. Br J Psychiatry. 1988 ; 153 : 44-49)。

一見するとこうした患者が、「障害の程度がより軽い」「自分の行動をコントロールする能力がより高い」と見なされるのは良いことであるように見えるかも知れない。

だがそうとは限らない。

他の精神疾患よりも障害の程度が軽く、自分の行動をコントロールする能力がより高いはずの患者が、数々の問題行動を起こすということは、つまりそれらの行動を「わざと」やっていると見なされやすいということを意味しているのだから。

BPD患者を形容する場合に、専門家(の少なくとも一部)が 「操作的(manipulative)」という言葉を用いるのも同じ理由によるものだろう。

manipulativeとは「自らの利益のために、他人をコントロールしたり、影響を与えたりすることに巧みである」といったニュアンスを含む言葉だから、もちろんこれは良い意味ではない。

因(ちな)みに当然のことながら、私はこの言葉をBPD患者に対して用いるのは望ましくないと思っている。

軽蔑的なニュアンスがあるから好ましくないという理由ではなく、事実として間違っているからである。

「自己の利益」なるものを正しく理解しているBPD患者の数は、悲しくなるくらい少ないのだから。

さて、こんな形容をしてしまうことからも分かるように、BPD患者が治療(とりわけ個人精神療法)の場にもたらす対人関係上の問題に対して、専門家たちはかなり本気で狼狽したり、恐れたり、怒ったりしている。

このことをよく示しているアメリカの調査結果がある。

706名の精神科領域の専門家たち(精神科医、精神科レジデント、看護師、ソーシャルワーカー、心理士)に対して自己記入式の質問用紙を送り、彼らのBPD患者に対する態度を報告してもらったものである。

その結果、「もし出来ることなら、私はBPD患者の治療に携わるのを避けたいと思う」 という質問に対して半数近く(47%)の専門家が同意した(Black, D. W., Pfohl, B.ほか、2011, Attitudes toward borderline personality disorder: A survey of 706 mental health clinicians. CNS Spectrum, 16(3), 67–74.)。

他方で救いになる話もある。

過去1年間により多くのBPD患者を担当していた臨床家は、そうでない臨床家よりもこの疾患およびその治療に対して、よりポジティヴな見方をする傾向があったのである。

残念ながらこの研究では、より多くのBPD患者を診た結果として、 専門家がポジティヴな見方をするようになったのか、もともとBPDに対してポジティヴな見方をしていた専門家だから、好んでより多くのBPD患者を診ていたのかは明らかにされなかった。

因果関係がどちら向きであったにせよ、以下のことだけは変わらない。

BPDに限らず、何らかの疾患に罹った場合、その疾患に関する治療経験が豊富である(数多くの患者を診ている)臨床家にみてもらった方が、そうでない臨床家にみてもらうよりも好ましいことは当然だろう。

だがBPDの臨床経験が乏しい臨床家はー治療に関する充分な技能を持つか否か以前の問題としてーそもそもこの疾患を治療することに意義や目的を見出していない可能性があるのだ(Chartonas, D., Kyratsous, M.ほか , Personality disorder: still the patients psychiatrists dislike?. B J Psych Bulletin , 2017, 41, 12-17 ) 。

このような医療者側の傾向について、BPD患者自身はもちろん、その家族もまた良く認識しておく必要がある。