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BPDに対する治療者の態度ーその1ー

境界性パーソナリティー障害(BPD)に関する知見は、今世紀に入ってから大きく変化を遂げた。

重要な知見だけに限っても以下のようなものが挙げられるだろう。

有病率は一般人口の1~2%であり、この値は統合失調症よりも高く、双極性障害とほぼ同程度であること。

高い遺伝性を持つこと。

10年間で大半の患者の症状が寛解し、再発率も低いこと。

弁証法的行動療法やメンタライゼーションに基づく治療といった、BPDに対する特異的治療が開発されており、症状の寛解を促進する上で有効性をしめすのが実証されていること。

また症状の持続的寛解は、必ずしもそれらの特異的治療をおこなわなくても生じること(Zanarini MCほか. Attainment and stability of sustained symptomatic recovery among patients with borderline personality disorder and Axis II comparison subjects: a 16-year prospective follow-up study. Am J Psychiatry 2012;169:476–83)。

ただし大半の患者は、職業的あるいは社会的機能の重篤な障害を、長期にわたって示し続けるー すなわち彼らが示す回復は「安定的に不安定」である ーこと。

そして職業的あるいは社会的機能の障害に対して、上記のような特異的治療はほとんど効果を示さないため、この問題に対応出来るような治療法が求められていることである。

これらの知見の大半は比較的最近になって得られたものであるが、中には明らかになって以来、既に20年近く経っているものもある。

それにも関わらず、この疾患に関するさまざまな「神話」は、なかなか払拭し切れていないだけでなく、誤った情報が新たに「発信」されることすらあるのが現状なのだ。

たとえば有力なメディアであるニューヨーク・タイムズ紙は、 2015年4月17日付けの記事ーこの記事自体はBPDに対するセロクエルXR (向精神薬セロクエルの 徐放性製剤 ) の治験にまつわる疑惑をテーマとしたものだがーの中で、この疾患には「確かな治療法があるとは思われない」と報じた。

ジャーナリストはともかく、さすがに「専門家」なら、きちんとした知識をわきまえているだろうと考えるなら、それは早計というものである。

以前に取り上げたように、2017年9月にBPDをテーマとして放映されたNHKの「教育番組」では、この疾患の「専門家(とされる人物)」が、少なくとも15年以上前には誤りだと実証されていたような類いの「情報」を、堂々と発信していたのだから。

だがこの疾患をめぐる問題で最も深刻なのは、必ずしも「専門家」が近年得られた正しい知見を弁えていないことではない。

今でもこの疾患に対して偏見を抱いている臨床家が少なくないことである。

「少なくない」どころではない。

むしろエビデンスの示すところによれば、BPDに対して汚名(stigma)を着せる上で、最も貢献(?)して来たのは、精神科領域の臨床家たちであった(Unruh BT, Gunderson JG. “Good enough” psychiatric residency training in borderline personality disorder: challenges, choice points, and a model generalist curriculum. Harv Rev Psychiatry. 2016;24(5):367-377.)。

これから何回かに分けて、この問題について取り上げていきたいと思う。

まずは概略から。

一般的に精神科医は、BPDという診断に関して以下のような態度を取る傾向がある。

まずこの診断は正しく適用されることがまことに少ない。

DSMに記載されている診断基準をきちんとチェックしていく、あるいはたとえばSCID-5-PD(DSM-5パーソナリティ障害のための構造化面接)などの構造化面接をおこなうことにより診断を下すのではなく、漠然と「対応困難な患者」を指してそう呼ぶ傾向が強いのである。

また下手をすると、今でも「治療不可能」を意味するレッテルとしてこの診断が用いられるケースもみられる(「この病気はねえ、性格だから治らないんだよ」といった説明を医師から受ける患者、あるいはその家族はー信じがたいことに!ー今でも存在する)。

BPDを治療するのはもちろんのこと、そもそもこの診断を付けること自体を好まない臨床家が多いのは恐らくそのためである。

もし本当に「治療不可能」な病気なら、わざわざそんな診断をつける必要もあるまいーたとえば「自傷行為を繰り返し、感情的に不安定なうつ病」とでもしておいた方がずっとましーというわけだ。

だが残念ながら、BPDに対して抗うつ剤はさしたる効果を示さない。

従って運悪く「うつ病」と診断されてしまったBPD患者は、ほとんど効果のない薬物療法を延々と受け続けることになってしまう。

憂慮すべきことに、そうした対応がなされている患者は決して少なくない。

BPDに対して与えられている汚名(stigma)は、単なる患者や家族にとっての不名誉というに止まらない大きなマイナスの影響を、臨床に対して今も与え続けているのである。