BPD患者は、仕事を続けるためにどのような工夫をしているのかーその1ー
BPDに罹患している人々は、就職や職場での適応、仕事の継続などに大きな問題を抱えていることが多く、患者の45~50%が生涯のいずれかの時点で障害年金を受給する可能性があるとされる(Kramer J, et al. Course and predictors of social security disability insurance in patients with borderline personality disorder over 24 years of prospective follow-up. Borderline Personal Disord Emot Dysregul. 2023 ; 10 (1) : 30)。
直接かかる医療費に加えて、生産性の損失(患者が業務に就けないことにより生じる労働・収益・生産の損失)も含めた年間の直接的コストは、BPDの患者では一般人口の人々と比べて16倍にも達する(Hastrup LH, et al. Societal costs of borderline personality disorders: a matched-controlled nationwide study of patients and spouses. Acta Psychiatr Scand. 2019;140(6):458–67.)。
だから最近の研究が、BPDの人々が職場で直面する特有の課題について、より深く理解することに焦点を当てているのは当然のことと言って良い。
ここで言うところの「患者が職場で直面する課題」とは以下のようなものである(Juurlink TT, et al. Barriers and facilitators to employment in borderline personality disorder: a qualitative study among patients, mental health practitioners, and insurance physicians. PLoS ONE. 2019;14(7):e0220233.; Juurlink TT, Lamers F, van Marle HJF, et al. The role of borderline personality disorder symptoms on absenteeism & work performance in the Netherlands study of depression and anxiety (NESDA). BMC Psychiatry. 2020 ;20:414.)。
・業務を円滑に進めるために必要な、対人コミュニケーションをおこなうこと
・ストレスや業務の課題に対して、不適切な対処法(回避、言葉による攻撃、自傷行為など)を用いないようにすること
・職場において感情をうまくコントロールすること
・仕事にのめり込みすぎて、私生活における習慣や活動に支障をきたさないようにすること
これらの課題に関して生じる問題の数々は、患者が高い欠勤率を示す一因となっており、それは年間218時間ーフルタイム勤務6週間分!ーに該当する(van Asselt AD, Dirksen CD, Arntz A, Severens JL. The cost of borderline personality disorder: societal cost of illness in BPD-patients. Eur Psychiatry.2007;22(6):354–61)。
BPDの人たちが回復していく上で、仕事を継続出来る能力を身につけるのは、極めて重要であることは間違いない(Joel Paris : A Concise Guide to Borderline Personality Disorder. American Psychological Association. 2025)。
ではBPDの人々のうち、首尾良く仕事を持続できている人たちは、そのためにどのような工夫をしているのだろう。
最近おこなわれた、仕事をしている(あるいは復職プロセスにある)BPD患者を対象とした調査は、彼らが仕事を継続する上で凝らしている工夫の数々を明らかにしている(Nadine Larivière, Marc Corbière, Eve-Lyne Robitaille-Beaumierほか, What strategies do people with borderline personality disorder use to maintain their well-being and performance at work?, Borderline Personal Disord Emot Dysregul . 2025 May 14;12:18.)。
予めお断りしておくが、これはあくまでも患者の工夫の仕方を調査したものであって、この調査の結果が有効であると実証されているわけではない。
それでも、仕事を少しでも継続するために、他の患者がどのような工夫をしているかを知るのは、BPD患者や家族にとって大いに参考になることは間違いないだろう。
(このような調査は、これまでほとんどなされることがなかったから尚更である)。
今回はこの調査から得られた結果についてご紹介することにしよう。
調査の対象となったのは、適格な医療専門家によってBPDと診断され、治療を受けている18歳から65歳までの患者である。
対象者は現在雇用されているか、あるいは休職した後に復職を試みている18歳から65歳までの人々だった(平均年齢は35.4歳)。
これらの人々を対象として、予め定められた質問用紙を用いて「仕事内容と職場環境」「同僚や上司との関係」「職場における帰属意識」について尋ねた。
ここまでは従来の研究とさして変わるところはない。
この研究の面白いところは、研究に参加した患者に対して、以下の11のテーマについて、自分にとって役立った個人的な工夫を、少なくとも1つ以上、自由に記述してもらったことである。
1.作業中に生じる否定的な感情(例:欲求不満、やる気の低下)のコントロール
2.やるべき仕事に優先順位をつけ、効率よく取り組む工夫
3.職場環境で集中力を維持する方法
4.職場のルールを守ること
5.職場で不公平な扱いを受けたり、理不尽な状況に直面したと感じた時に、どのように対応するか
6.仕事において自分の能力が発揮できており、周囲から認められていると感じられるようになること
7.同僚や上司との間で、満足できるような関係を維持すること
8.職場において生じる 対立・摩擦・意見の食い違いを解決すること
9.業務を成し遂げるために援助やサポートを求めること
10.仕事をきちんとする努力と、自分の健康や心の安定を守る工夫を両立できるよう努力すること
11.私生活と仕事のバランスを取ることにより、仕事を無理なく続けられるようにすること
これらの質問に対して、調査の対象となった患者がどのように答えていたかについては、次回にまとめてお伝えすることにしよう。