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BPDは年齢によりどのように変化していくかーその1ー

これまで境界性パーソナリティ障害(BPD)を含むパーソナリティ障害の基本的な特徴の1つは、その持続性であると考えられてきた。

たとえばDSM-5(精神疾患の分類と診断の手引き 第5版)の、パーソナリティ障害全般に関する診断基準を見れば、「enduring pattern(持続的様式)」という言葉が繰り返し登場しているのが見て取れる。

(2022年に発刊されたDSM-5-TRですら、この表現は「健在」である)。

また症状が長期にわたり変化しないのが、この診断を確立する上で極めて重要な要素であるとみなされてきた。

これもまた「パーソナリティ障害」と銘打つからには当然の想定だろう。

しかし現在ではこれら2つのー少なくとも20世紀までは当然とされてきたー前提が、いずれも否定されるようになっていることは、少なくとも一般的に知られるようになっているとは言い難い。

まずは「パーソナリティ障害それ自体の持続性」について取り上げよう。

患者の経過を長期にわたり追跡した、大規模な前向き研究(研究開始時点から未来に向けてデータを収集していくようなタイプの研究)から得られた最近のデータの数々は、いずれもパーソナリティ障害が、かつて考えられていたほど持続的なものではないということを示している(Gunderson, J.G., Stout, R.L.ほか:Ten-year course of borderline personality disorder: psychopathology and function from the Collaborative Longitudinal Personality Disorders study. Arch. Gen.Psychiatry 68, 827–837.2011;Zanarini, M.C., Frankenburg, F.R.ほか:Attainment and stability of sustained symptomatic remission and recovery among patients with borderline personality disorder and axis II comparison subjects: a 16-year prospective follow-up study. Am. J. Psychiatry 169, 476–483.2012)。

比較的最近おこなわれた、成人BPD患者の長期経過に関するメタ分析研究は、この想定を改めて裏付けるものだった(Irene Álvarez-Tomása,b, José Ruizaほか、Long-term clinical and functional course of borderline personality disorder: A meta-analysis of prospective studies,European Psychiatry 56 , 75–83,2019)。

BPDと診断された成人患者の50%から70%が、5年から15年にわたる追跡調査のある時点で、寛解するに至っていたことが明らかになったのである。

またBPD患者の経過についておこなわれた後ろ向き(研究開始時点から過去に向けてデータを収集していくようなタイプの)研究では、15年後に75%が、27年後には92%が、それぞれ寛解していたことが明らかになっている(Paris J. Implications of long-term outcome research for the management of patients with borderline personality disorder. Harv Rev Psychiatry;10(6):315–23.2002)。

更に多くの場合、これらの研究が開始された時点での年齢が高い患者ほど、また追跡期間が長い研究であるほど、寛解率は高い傾向があった。

では「パーソナリティ障害の症状が変化するか否か」という問題についてはどうか。

これまで主張されてきたこととは裏腹に、長期にわたりBPDの基準を「満たす」人の中で、症状が変化しないのは、むしろ例外的であることが、最近なされた研究によって明らかにされている。

具体的に言うなら、BPD患者は時間の経過とともに衝動性、自傷行為、怒りに関連した症状の診断基準を満たさなくなることが多く、高齢の患者の大半はこれらの症状を持っていない(Stevenson, J., Meares, R.ほか,Diminished impulsivity in older patients with borderline personality disorder. Am. J. Psychiatry 160, 165–166.2003;Zanarini, M.C., Frankenburg, F.R.ほか,The longitudinal course of borderline psychopathology: 6-year prospective follow-up of the phenomenology of borderline personality disorder. Am. J. Psychiatry 160, 274–283,2003;Zanarini, M.C., Temes, C.M.ほか,The 10-year course of adult aggression toward others in patients with borderline personality disorder and axis II comparison subjects. Psychiatry Res. 252,134–138.2017)。

逆に対人関係の障害(要求がましさ、権利意識など)、感情調節障害、情動症状(抑うつ、不安、身体化症状)は、晩年になっても低下しない傾向がある(Hunt, M., Borderline personality disorder across the lifespan. J. Women Aging 19,173–191.2007;Blum, N., Franklin, J.ほか,Relationship of age to symptom severity, psychiatric comorbidity and health care utilization in persons with borderline personality disorder. Personal. Ment. Health 2, 25–34.2008;Stepp, S.D., Pilkonis, P.A.,Age-related differences in individual DSM criteria for borderline personality disorder. J. Personal. Disord. 22, 427–432.2008;Choi-Kain, L.W., Zanarini, M.C.ほか, A longitudinal study of the 10-year course of interpersonal features in borderline personality disorder. J. Personal. Disord. 24, 365–376.2010; Beatson, J., Broadbear, J.H.ほか,Missed diagnosis: the emerging crisis of borderline personality disorder in older people. Aust. N.Z. J. Psychiatry 50, 1139–1145.2016)。

以上をまとめよう。

若い時期のBPD患者は、自傷行為や自殺企図、薬物使用、大量の飲酒、危険な性行為、激しい怒りといった制御困難な行動を取る傾向がある。

こうした患者が年を重ねるのに伴い、そのような行動を取る可能性が低くなるのは事実である。

ただし彼らが著しい心理的苦痛を経験するという可能性の方はーきちんとした治療を受けない限りー後年に至ってもほとんど変わることがない。

なぜなら行動が制御出来るようになったからといって、必ずしもそれがBPD患者の抑うつ症状や不安症状を和らげることにつながってはいかないからである。

BPD患者が衝動的行動をきちんと抑える方法を習得した後に経験する、このような症状の移行傾向をリネハンは「静かなる絶望(quiet desperation)」と呼んだ(Linehan,M. M.:Cognitive-behavioral treatment of borderline personality disorder. New York, Guildford Press.1993)。

[残念ながらリネハンの弁証法的行動療法は、抑うつ症状に関して「臨床的に意義を持つ最小差(MIREDIF : Minimum relevant difference)」に達するような改善をもたらさないから、「静かなる絶望」を予防する上でほとんど役には立たないのだが(Ole Jakob Storebøほか:Psychological therapies for people with borderline personality disorder. Cochrane Database Syst Rev. 2020; 2020(5): CD012955.)]。

だがBPDに関して本当に問題なのは、必ずしも対人関係の障害(要求がましさ、権利意識など)、感情調節障害、情動症状(抑うつ、不安、身体化症状)が「変わらないこと」ではない。

(それだって充分に大変なことではあるのだが)。

本当に深刻なのは、むしろ心理社会的機能に関する障害が、年齢を重ねていくに従い、どのように「変わっていくか」という問題の方である。

この話題については次回に取り上げることにしよう。