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「子育てはBPD発病に影響を与えるのか」問題について考えるーその2ー

行動遺伝学の10大知見は、まずこの項目から始まる。

『全ての心理学的特性には、統計学的に有意で大きな遺伝的影響がみられる』。

これは知能、精神病理、パーソナリティ、薬物乱用といった、文字通りあらゆる心理学的領域において、統計学的に有意で大きな遺伝的影響がみられるというものである。

知能や統合失調症などの精神病理に与える影響ついては前回簡単に触れたので、ここではパーソナリティに対して遺伝が与える影響について述べることにしよう。

このテーマに関して画期的な研究がなされたのは、今から50年近く前のことである(John C. Loehlin&Robert C. Nichols:Heredity, Environment, and Personality: A Study of 850 Sets of Twins,‎ University of Texas Press,1976)。

この研究では850組の青年期双生児を対象とし、数十ものパーソナリティ特性(ある個人の行動、思考、感情などのパターンから推測される、比較的安定的な内的特徴[例:協調性、外向性など])について調査した上で、以下の2つの重要な結論を見出したのである。

第1に、ほぼ全てのパーソナリティ特性は中等度の遺伝性を示す。

すなわちこれは、あるパーソナリティ特性は遺伝性が高く、別のパーソナリティ特性は遺伝性が低いということはない、ということである。

これは少々意外な結果と言えるかも知れない。

だが2つ目の結論の意外さに比べれば、この意外さなどさしたることもないと思われるほどである。

パーソナリティの発達に対して環境が与える影響もまた重要ではあるが、その「環境」のほとんどは、家族に共有されるようなものではないーすなわち「非共有環境(nonshared environment)」であるーというのだから。

これには少々解説が必要だろう。

フロイト以来、パーソナリティの発達に対して環境が与える影響に関する理論は、いずれも以下の2つの前提を暗黙の内に共有していた。

・子供に対して家庭環境を与えるのは親であるため、子供は親に類似する。

・兄弟姉妹は家庭環境を共有するため、兄弟姉妹は互いに類似する。

このような、家族メンバーを互いに類似させるような、非遺伝的な影響を指して「共有環境(shared environment)」が与える影響と呼ぶ。

共有環境にはさまざまなものが含まれる。

育った場所。

親の学歴。

さらに親の子育ての仕方、家庭内での葛藤や混乱状態といった家族要因もまた「共有環境」に含まれる。

だが既に述べたように、レーリンとニコルスは、これらの要因がパーソナリティの発達に対して、ほとんど全くと言って良いほど影響を与えないことを明らかにしたのである。

この研究が1970年代に発表された当時、ほぼ完璧に無視されたのも無理はない。

最初に注目を浴びたのは1980年代になってからだが、それでも「論争を呼んだ」に過ぎなかった(Plomin, R., & Daniels, D.: Why are children in the same family so different from one another? Behavioral and Brain Sciences, 10(1), 1–16.1987)。

だがこの知見は、その後おこなわれた多数の研究により繰り返し再現されてきたため、今では広く受入れられるに至っている(Eric Turkheimer, Erik Pettersson, Erin E Horn:A phenotypic null hypothesis for the genetics of personality.Annu Rev.65:515-40.2014;Knopik, Neiderheiser, DeFries, & Plomin;Behavioral Genetics,7th Edition, Worth Publishers, New York, 2017)。

さて、パーソナリティに対して遺伝が与える影響の度合いに関する話に戻ろう。

パーソナリティ特性に対して遺伝が与える影響の度合いは、通常30~50%である(Knopik, Neiderheiser, DeFries, & Plomin;Behavioral Genetics,7th Edition, Worth Publishers, New York, 2017)。

しかもパーソナリティ特性に対する遺伝の影響は、年齢とともに増大していく(Jang, K. L., Livesley, W. J., & Vernon, P. A.The genetic basis of personality at different ages. Journal of Personality and Individual Differences, 21, 299–301.1996)。

またパーソナリティの発達に対して、環境要因は50~70%程度の影響を与える。

ただし既述のように、その「環境要因」の性質は驚くべきものだった。

パーソナリティ特性に影響を与えるのは、ほぼ完全に「非共有環境」なのである(Plomin, R., DeFries, J. C., Knopik, V. S., & Neiderhiser, J. M. :Top 10 replicated findings from behavioral genetics. Perspectives on Psychological Science, 11, 3–23.2016)。

「非共有環境」とは、同じ家族の中で、兄弟姉妹の間に生じる環境の差のことである。

交際した友人や恋人、影響を受けた書物や人物、好んで見る動画やテレビ番組等が、家族メンバー毎に異なるのは理解しやすいが、これらはみな非共有環境である。

それだけではない。

家族が家庭の中で同じように経験する出来事も、その意味合いや与える影響は、個々の家族メンバー毎に異なるのである。

だから同じ家庭に生まれ育ったからといって、2人の兄弟や姉妹のパーソナリティが、互いに似ているとは限らない。

一般人口から無作為に選ばれた、見ず知らずの子どものペアと同じくらい、似ていない可能性があるのだ。

これはきちんとした多数の厳密な研究に基づいて得られた科学的結論である。

だがこの結論に強い違和感を抱く人は、今でも少なくないのではないか。

行動遺伝学研究がもたらした最も重要な知見の一つは、遺伝よりもむしろ環境に関わるものであると言われることがあるのはそのためである。

以上のように、行動遺伝学の研究は、パーソナリティの形成や精神障害の発症に対して子育てが主要な役割を果たすという仮定に対する重大な異議申し立てを行っているのである。

(誤解を避けるために急いで付け加えておくなら、今回述べた知見はBPD「治療」において、家族が重要な役割を担う能力を持つ可能性があることと、少しも矛盾するものではない)。