ブログ

「子育てはBPD発病に影響を与えるのか」問題について考えるーその1ー

境界性パーソナリティ障害(BPD)の発病に対して、親の子育ての仕方は何らかの形で関与しているのだろうか。

これは患者自身だけでなく、家族にとってとりわけ気になる問題だろう。

BPD患者が、子育てが不適切だったという理由で親を糾弾したり、責め立てたりするのはままあることなのだから。

これを「子育てはBPD発病に影響を与えるのか」問題と呼ぶことにしよう。

これから何回かに分けて、この問題について論じてみることにしたい。

この問題について検討するためには、BPDの生物学的、心理学的、社会的なリスク要因と、その相互作用について考えていく必要がある。

まずは行動遺伝学(Behavioral genetics)的な視点から見て、子育てはBPD発症にどれほど関係しているかについて考えてみよう。

行動遺伝学といっても聞き慣れない人もいることだろう。

これは心理遺伝学とも呼ばれ、ある生物の遺伝子の構成が、行動に与える影響について研究する学問である。

またそれが行動に影響を与える限りにおいて、遺伝と環境の相互作用も行動遺伝学の研究対象の中に含まれる。

ただし人間の場合、動物実験のように遺伝子と環境の双方を操作することは出来ない。

そのため人間を対象とした行動遺伝学的研究は、一卵性双生児と二卵性双生児を比較するという方法を用いる(双生児法:twin method)。

一卵性双生児はクローンのようなもので、同じ受精卵から生まれたため、遺伝的には同一である。

それに対して二卵性双生児は、たまたま同時に受精した2つの卵子から生まれたものである。

その意味では通常の兄弟姉妹と違いはない。

したがって二卵性双生児は、遺伝的に一卵性双生児の半分しか似ていないことになる。

行動面のばらつきが環境要因によって引き起こされると仮定してみよう。

一卵性双生児も二卵性双生児も、同じ時期に、同じ場所で、同じ両親によって育てられるのだから、もしそうなら行動特性は一卵性双生児も二卵性双生児と類似するはずである。

(養子に出された双子が、異なった環境で育つ内に、互いにどれほど類似し、あるいは異なっていくかは「養子研究」の対象だから、ここでは環境要因は共通するものとして説明する)。

逆に、もし行動特性が遺伝子の影響を受けているのであれば、二卵性双生児は一卵性双生児よりも行動特性に関して互いに似ていないはずである。

では実際はどうだったか。

たとえば統合失調症の場合、統計学的な類似性の指標である相関係数(完全に類似[一致]している時には1.00,完全に類似していない[無関係な]時に0.00を示す)は、一卵性双生児で0.92,二卵性双生児で0.52であることが明らかになっている(Patrick F Sullivan , Kenneth S Kendlerほか;Schizophrenia as a complex trait: evidence from a meta-analysis of twin studies, Arch Gen Psychiatry. 2003 Dec;60(12):1187-92.)。

もう一つ例を挙げると、IQテストで評価される知能については、相関係数は一卵性双生児で0.76,二卵性双生児で0.49であった(CMA Haworth, MJ Wrightほか;The heritability of general cognitive ability increases linearly from childhood to young adulthood. Mol Psychiatry. 2010 Nov;15(11):1112-20.)。

統合失調症や知能に関しては、一卵性双生児同士の方が二卵性双生児同士よりもはるかに似ているため、これらの行動特性は遺伝性を持つことがわかる。

ちなみにこれらの行動特性の遺伝率(ある母集団内での表現型[観察可能な特徴や性質]のばらつきのうち、遺伝的類似性によって説明される割合)は、統合失調症では81%とかなり大きく、知能では児童期の41%から、成人期初期の66%へと、年齢を重ねるにつれて上昇していく。

こうした研究や知見が蓄積されることを通して、行動遺伝学は心理学の歴史において最も重要な(そして驚くべき)科学的知見を生み出してきた(Knopik, Neiderheiser, DeFries, & Plomin;Behavioral Genetics,7th Edition, Worth Publishers, New York, 2017)。

プロミンらは、行動遺伝学研究の分野で再現性のある知見のトップ10について概説している(Robert Plomin,John C. DeFriesほか;Top 10 Replicated Findings from Behavioral Genetics,Perspect Psychol Sci. 2016 January ; 11(1): 3–23.)。

その中でとりわけパーソナリティ特性に関連している知見は以下の6つである。

1.全ての心理学的特性には、統計学的に有意で大きな遺伝的影響がみられる。

2.遺伝性は、効果の小さな多くの遺伝子によって引き起こされる。

3.複数の心理学的特性の間に表現型の相関がみられる場合、統計学的に有意で大きな遺伝的要因の媒介が認められる。

4.「環境」のほとんどの指標に対して、統計学的に有意な遺伝的影響が認められる。

5.環境の指標と心理学的特性との間にみられる関連の大半には、統計学的に有意な遺伝的要因の媒介がみられる。

6.環境が与える影響の大半は、同じ家庭で育つ子供たちに共有されることはない。

医学や分子生物学、さらに脳神経科学や心理学領域で発表された科学的知見のほとんどが再現性に乏しいー本当に正しいのかどうか疑わしいーのとは対照的に、これらの知見は再現性が高く、堅固な裏付けが得られているものばかりである(John P. A. Ioannidis ; Why most published research findings are false. PLoS Med. 2005, Aug ; 2(8) :e124.)。

それだけにー1~3の知見はともかくーとりわけ4~6の知見に対して、単なる驚きだけでなく、違和感や抵抗感を感じる人は多いのではないか。

「環境」に対して遺伝要因が関わっているとはどういうことだろう?。

経験を引き寄せるような遺伝的傾向があるというのは本当なのだろうか?。

家庭環境は家族を類似させない、というのは臨床的にどのような意味を持つのか?。

こうした、誰もが抱くであろう疑問について、そしてそれが「子育てはBPD発病に影響を与えるのか」問題にどのような影響を与えるのかについて、これから比較的詳しく説明していくことにしよう。