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「BPD患者の家族のためのガイドライン(J.G.ガンダーソン)」を読むーその11ー

前回に引き続き「問題に対処する:共同で一貫した態度で対処すること」の続きである。

もし家族が治療者の関わり方に対して疑念あるいは懸念を抱いたなら、ガンダーソンは以下のように対応するよう勧めている。

もし家族が投薬あるいはセラピストの介入に対して懸念を抱く場合には、患者である家族メンバーとそのセラピストあるいは主治医の両者に対して必ず知らせるようにすること。もし家族が治療費を負担している場合、セラピストあるいは主治医に対してその懸念を申し入れる権利がある」。

境界性パーソナリティ障害(BPD)の場合に限ったことではないが、家族は患者の治療に際してさまざまな懸念を抱く可能性がある。

たとえば薬物療法一つを取っても、懸念する材料には事欠かない。

最近患者がぼーっとしていることが増え、動作も緩慢になった気がする。

少しずつ体重が増加して来ているように見える。

どうもきちんと服薬していないー飲まなかったり、まとめ飲みしたりしているーようだ。

そしてーそもそもー治療者はそのことに気づいているのだろうか?。

もちろん家族が懸念を抱くのは、薬物療法に限ったことではないだろう。

何年も治療を受けているのに、さして状態が改善しているようには思えないが、このまま様子を見ていて大丈夫なのだろうか。

どうも治療やカウンセリングを受け始めてから、患者の状態が却(かえ)って不安定になっている気がする。

治療を受け始める以前は、そこまで悪くなかった筈の親子関係がおかしくなってきたー親のことを目の敵のようにして、殆ど口も利かなくなってしまったーけれど、これは一時的なものなのだろうか。

治療(カウンセリング)に対してこうした懸念を抱く家族だって決して少なくはない。

問題は、個人面接を主体とする場合、たとえ家族がこうした心配をしたところで、治療で何が起こっているかを知る手段が極めて乏しいという点にある。

上記の内容を見れば解るように、多くの場合、家族は必ずしも治療の具体的内容や治療者とのやり取りについて知りたいわけではない。

だが残念ながら、個人面接を行っている治療者が、家族からのこうした当然の疑問に答える時間を充分に取ることは希(まれ)である。

(電話などで家族が懸念を伝えても、治療者によっては個人情報ーどこが?!ーだから教えるわけにはいかないという、けんもほろろの対応をされることが稀ならずあるのが実情である)。

もちろん家族はーよほど患者との関係が険悪になっていない限りーその懸念を本人に伝えることは出来るだろう。

だが患者から、自分の受けている治療に干渉するなと言われたらそれまでのことだ。

そもそも家族の側で、患者の治療に余計な干渉をすべきではないと考えてしまうことも多い。

しかしながらガンダーソンは、患者を経済的に支援していたり、住居を提供するなど、生活を支える上で重要な役割を果たしているなら、家族は患者の治療で何が行われているかに関心を持ち、懸念があれば伝えるなど、積極的に関わるべきであると主張する。

私はガンダーソンのこの主張に全面的に賛同する。

ただ、家族が懸念を治療者に申し入れるというやり方に、どれほど実効があるかどうかはわからないとも思う。

先に述べたように、確かに家族が「懸念を申し入れる権利」はあるものの、治療者がそれにきちんと耳を傾けてくれるとは限らないからである。

個人精神療法を旨(むね)としている治療者が、家族の話に耳を傾けるのに抵抗を感じることには、幾つかのーそれなりにもっともなー理由がある。

家族の話を聞くなどと提案したら、患者が嫌がるのではないか。

患者が話していなかった、あるいは治療者に隠していた事実(例えば家族にひどい暴力を振るっていた、金を脅し取っていた、家を破壊していた等々)を家族が明かすことにより、患者の面目が丸潰れになってしまい、治療者が恨まれるのではないか。

その結果、手間暇かけてせっかく築いた「治療者と患者の2者関係」が揺らぐ(これは要するに「2人だけの世界」、「2人だけの現実」にひびが入るということである)のではないか。

さらに、患者の主張によれば、家族の養育の仕方が不適切だったために本人は病気になったらしいのだから、加害者(?)の話を聞くことに意味などないのではないか。

ここに挙げた以外でも、治療者が家族と話すのを躊躇(ためら)う理由はいくらでも考えられる。

だがガンダーソンが自らの著作の中で強調しているように、家族と患者の間に生じるさまざまな問題は、実は治療の中で治療者が直面することになる問題と同一なのである(John G. Gunderson : Handbook of Good Psychiatric Management for Borderline Personality Disorder, Amer Psychiatric Pub, 2014[ジョン・G・ガンダーソン著、黒田章史訳、境界性パーソナリティ障害治療ハンドブック、岩崎学術出版、2018])。

それが患者自身の問題であること、そしてそれらの問題は「治療の中で変化させるべき対象である」ことを認識するなら、治療者は家族と話すことから多くを学べるはずだろう。

残念ながら、こうしたことについてきちんと理解している治療者は依然として少ない。

BPDが相も変わらず「難治」であるかのごとく扱われているのは、家族の力を借りるという発想が治療者の側に乏しいことが大いに関係しているのである。