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「BPD患者の家族のためのガイドライン(J.G.ガンダーソン)」を読むーその1ー

これから何回かに分けて「BPD患者の家族のためのガイドライン( Family Guidelines : Multiple Family Group Program at McLean Hospital, New England Personality Disorder Association.)」というテキストを、私自身のコメントを交えつつ、少し丁寧に読んでいこうと思う。

(原文は以下のアドレスで入手可能であるhttps://www.borderlinepersonalitydisorder.org/wp-content/uploads/2011/08/Family-Guidelines-standard.pdf)。

これはもともとJ.G.ガンダーソンとC.バークウィッツにより作成され、マクリーン病院の外来で、BPD患者の家族を対象とした集団心理教育プログラムを行なう際に用いられているテキストである。

最初に断っておくなら、私は必ずしもこのガイドラインに記載されている内容の全てに賛同しているわけではない。

いやそれどころか、患者や家族に対してマイナスの影響を与える可能性があるため、少々ー場合によっては大いにー異論を唱えざるを得ない部分すら散見される。

それでもこのテキストは、わが国のBPD患者およびその家族に知ってもらうに足る意義を充分に有している。

何故ならこのテキストに書いてある程度の内容ですら、患者や家族にとってー専門家に取ってさえー常識になっているとは、今でもとても言えないのが現状だからである。

なるほどBPDという「疾患」を、素人向けにやさしく(?)解説した書物なら、巷(ちまた)に溢れている。

だがこのガイドラインのように、一般的な解説というレベルを超えて、「個々の具体的状況において、その瞬間どのように振る舞うか」にまで立ち入って記載してあるテキストは、実は数少ない。

ここにはきちんとBPD患者の臨床をした経験のある人物にしか決して書けないような、率直な意見や感想ーその中には必ずしも患者にとって耳に心地良いとは言えないものも混じっているーが数多く含まれている。

内容に賛同するか否かは別として、そのこと一つだけを取ってみても、このテキストに触れておくことの意義は大きい。

また所々で挟まれているエピソードには、家族が患者と関わる際に、実際に直面するようなタイプのトラブルが数多く含まれており、身につまされる家族も多いのではなかろうか。

さて、以上のような前置きをしておいた上で、まずはこのテキストの概要について説明しておくことにする。

(なおこのテキストの立場をも越えて、家族の協力のもとにおこなわれる「治療」がどのようなものであるかについて知りたい方は、拙著「治療者と家族のための境界性パーソナリティ障害治療ガイド」[岩崎学術出版社、2014]を読んで頂くと良いと思う)。

このガイドラインは大まかに言えば、以下のような5つのセクションから構成されている。

第1セクションである「目標:ゆっくりいこう」では、患者が変化していくことの難しさや、治療上の「進歩」がみられたときに生じがちな不安について論じている。

むしろ「一度に一つずつ」「小さな進歩」を積み重ねていくことの方が現実的であり、治療上の成果も得られやすいとする。

第2セクションである「家族環境:物事を冷静に捉えていくこと」では、BPDの病理に関連して生じがちな家族内のトラブルを、できる限り激しい諍(いさか)いにせず、冷静に対処するという基本方針が述べられている。

また家族の日課をできる限り維持し、できれば患者も交えた家族メンバーで、当たり障りのない軽い話を楽しく出来る時間を取るように心がけるよう勧めている。

とりわけ第2セクションについては、「それが出来れば苦労しない」という家族の声が聞こえてきそうだー私自身もそう思うーが、このあたりについては後でコメントを加えながら検討していくことにする。

第3セクションである「危機管理:注意を払い、しかし平静を保つこと」は、たとえばBPD患者から家族が批判や非難を受けたとしても、あまり防衛的にならぬよう心がけることを勧めている。

(この方針についても、「それが出来れば苦労しない」という家族の声が聞こえてきそうだ)。

また自己破壊的行動あるいはその脅しに対して、家族はきちんと注意を払い、無視することがないように勧めている。

さらに患者が「感情に基づいて行動するよりも、感情を言葉で表現」出来るように、家族が出来る限り支援していくことが望ましいとされる。

第4セクションである「問題に対処する:共同で一貫した態度で対処すること」は、問題に対処する時には、なるべく患者自身に関わらせるよう推奨している。

また患者に対して対応する場合に、なるべく両親が協力して、一貫した対応が出来るように心がけることが望ましいとしている。

このセクションの中でもとりわけ興味深いのは、治療に対して親が疑念を抱いた場合、患者やセラピストに対してそれを知らせるべきであるという指摘である。

ことに治療費を親が負担している場合、親は主治医あるいはセラピストに対してその懸念を申し立てる「権利がある」

我が国では、治療費だけ支払わせておいて、親からの懸念や苦情に対して一切取り合わない治療者がまま見られるようであるから、この指摘は家族にとって大いに参考になるものと言える。

第5セクションである「限界設定:率直に、しかし注意深く」は、家族が耐えられる限界について、本人にとって事前にわかりやすく伝えておくことの重要性について論じている。

また患者が引き起こしたことから生じる当然の結果から、患者を庇(かば)ってしまわないように、そしてなるべく患者を現実に触れさせるチャンスを増やすように、という指摘も貴重なものである。

概要についてはこれくらいにしておくとして、次回からいよいよテキストの本文を検討していくことにする。