「やり抜く力(Grit)」はBPD回復を支える力になるのか?ーその2ー
では、境界性パーソナリティ症(BPD)の回復群と非回復群で、「やり抜く力(Grit)」はどのように異なっていたのだろうか。
まず、回復した(ever-recovered)患者は、回復することのなかった(never-recovered)患者に比べて、「やり抜く力」の総合スコアが有意に高かった。
とくに差が大きかったのは、困難に直面しても努力を持続する力を示す「粘り強さ(perseverance)」という下位尺度であり、回復した患者のスコアは約13%高かった。
ただし、この結果は、回復した患者の「やり抜く力」が一般成人よりも高かったことを意味するものではない点に注意が必要である。
実際、一般成人の「やり抜く力」の平均スコアはおよそ3.4〜3.6とされているのに対し、回復したBPD患者の平均スコアは3.52であり、ごく一般的な水準にとどまっていた。
一方で、回復しなかった患者の平均スコアは3.26と、一般成人の平均を下回っていた。
すなわち、回復群と非回復群のあいだに見られた「やり抜く力」の差は、回復群のスコアが高かったというよりも、非回復群のスコアが相対的に低かったことに由来していると考えられる。
さらに興味深い点として、「やり抜く力」の平均スコアは、6年間にわたる調査期間を通じて、両群ともほとんど変化を示さなかった。
回復しなかった患者だけでなく、回復した患者においてもスコアが安定していたことから、回復の過程で「やり抜く力」が高まったわけではないことが分かる。
このことは、調査開始時点ですでに「やり抜く力」を平均的な水準で備えていた患者のほうが、そうでない患者に比べて回復に至りやすかった可能性を示唆している。
一方で、「やり抜く力」の高さと関連していた予測因子として、2つの要因が特定された。
1つは、責任感が強く計画的に行動する傾向を示す「誠実性(conscientiousness)」であり、もう1つは、子どもの頃に年齢相応の発達課題や社会的要求に大きな破綻なく適応できていたかを示す「小児期の適応的機能(childhood competency)」であった。
(「小児期の適応的機能」と「誠実性」は、互いの影響を考慮したうえでも、それぞれが「やり抜く力」と有意に関連していた)。
逆に、知能指数(IQ)、学歴、親の教育水準、幼少期の虐待経験の有無などは、「やり抜く力」と有意な関連を示さなかった。
これらの結果から、BPDからの回復に対して、症状の重症度や環境要因だけでなく、患者が備えている個人特性が関与している可能性があることがわかる。
弁証法的行動療法(DBT)やメンタライゼーションに基づく治療(MBT)に代表されるような、BPDに対する従来の専門的治療は、いずれも自傷行為や感情調整の困難といった症状や問題行動への介入に主眼を置いてきた。
しかしそのような症状や問題行動が改善(寛解)した場合でも、BPD患者の心理社会的転帰は満足すべきレベルに到達しない場合が多い(John G Gunderson , Robert L Stout, Thomas H McGlashanほか、Ten-year course of borderline personality disorder: psychopathology and function from the Collaborative Longitudinal Personality Disorders study.Arch Gen Psychiatry. 2011 Aug;68(8):827-37.)。
そして、BPDにみられる、高い診断的寛解率と不良な心理社会的転帰との間の大きな乖離が何に由来しているかは、未だに説明がついていないのである。
そのギャップを説明する上で、「やり抜く力」のような患者の個人特性が役立つ可能性がある。
ここで注目されるのは、アンジェラ・ダックワースが強調しているように、「やり抜く力」とは、必ずしも生まれつきの才能ではなく、努力と経験によって育むことが可能な能力であることである。
このことを踏まえるなら、BPD治療においても、症状の軽減のみを目指すのではなく、患者が本来持っている能力や強み、とりわけ「やり抜く力」を支え、伸ばしていくという視点を組み込むことは、十分に検討に値する治療的課題であると言えるだろう。
筆者自身がこれまでにおこなってきた治療アプローチは、まさしくそのような「少々辛かったとしても、患者に不足しているさまざまな能力を伸ばすトレーニングをおこなっていく」ようなタイプのものだった(黒田章史:治療者と家族のための境界性パーソナリティ症治療ガイド、岩崎学術出版、2014)。
筆者のように、「症状をなくす」ことにとどまらず、「患者の力を伸ばす」ことを治療の目標として重視する臨床家は、近年、徐々に増えつつある。
こうした視点は、現時点では主として欧米の臨床研究や実践の中で強調されているが、患者本人や家族にとって望ましい方向性であることは言うまでもない。
