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「やり抜く力(Grit)」はBPD回復を支える力になるのか?ーその1ー

やり抜く力(Grit)」という言葉をご存じだろうか。

これは、困難や失敗、挫折に直面しても、長期間にわたって自分の目標に向かって努力を続ける力を意味する心理学の用語である。

(そのため、日本語ではしばしば「根性」と訳されることもある)。

心理学者アンジェラ・ダックワースらは、「同じくらいの知能や能力を持っているのに、なぜある人は他の人よりも大きな成果をあげるのか」という疑問を出発点として、この概念を提唱した(Duckworth AL, Peterson C, Matthews MD, Kelly DR. Grit: perseverance and passion for long-term goals. J Pers Soc Psychol., 2007)。

彼女の研究によれば、「やり抜く力」が強いというのは、単に努力家であるというだけではない。

むしろ、それは次のような特徴をもつ人を指している(Angela Duckworth, Grit: The Power of Passion and Perseverance, Scribner, 2016/神崎朗子訳『やり抜く力』ダイヤモンド社, 2016)。

  • 一歩ずつでも前に進み続けることができる。
  • 興味のある重要な目標に、粘り強く取り組み続ける。
  • 厳しい練習を毎日、何年にもわたって継続できる。
  • 七回転んでも八回起き上がるように、失敗しても立ち上がる力をもつ。

このように「やり抜く力」とは、長期的な目標に対して情熱を持ち、粘り強く努力を続ける性質を指す。

知能やその他の認知的能力といった、成功に関わる他の要因が比較的「固定的」な特性と考えられているのに対し、「やり抜く力」は時間をかけて育て、伸ばすことができる柔軟な特性であるとされている。

つまり、「やり抜く力」とは、必ずしも生まれつきの才能ではなく、努力と経験によって育むことが可能な力なのである。

近年、この「やり抜く力」は、健常者の成功や達成だけでなく、精神疾患の回復にも役立つ可能性があることが注目されている。

とりわけ、パーソナリティ症などの非精神病圏の患者の場合、治療(心理社会的能力を向上させるためのトレーニング)に地道に取り組むためには、長期的な努力と粘り強さが求められることになる。

このような回復の過程において、「やり抜く力」は、治療を成功へと導くための大切な心理的資源となりうるだろう。

したがって、この力は一般の人たちだけでなく、精神疾患に罹患した人たちにとっても重要な能力である可能性が高い。

今回は、厳密に診断された境界性パーソナリティ症(BPD)の患者を対象として、6年間にわたり「やり抜く力」の変化を追跡し、回復した患者と回復することのなかった患者の間にどのような違いが見られたかを比較検討するという興味深い研究について紹介する(Isabel V. Glass, Frances R. Frankenburg,Garrett M . Fitzmaurice, Mary C . Zanarini:Levels of grit in patients with borderline personality disorder: Description and prediction.Personal Ment Health. 2024 Nov;18(4):414-423.)。

この研究は、マクリーン病院成人発達研究(MSAD)という、BPD患者を対象とした長期追跡プロジェクトの一環として行われた。

この研究の対象となったのは、BPDと診断された224名の患者である。

対象者は18歳から35歳の間に研究に参加し、その後20年以上にわたって追跡されてきた。

今回の分析で焦点が当てられたのは、調査開始後18年目から24年目までの6年間における「やり抜く力」の変化の度合いである。

そのため、この研究では、ダックワースが作成した「グリット(やり抜く力)・スケール」という質問票(「野心」という下位項目が含まれている2007年版)に基づいて、参加者の「粘り強さ」「興味の一貫性」「野心」を測定した。

ちなみに、この研究における「回復(recovery)」は、境界性パーソナリティ症(BPD)の症状が改善し、かつ社会的にも安定している状態として定義された。

具体的には、次の3つの条件を2年間連続して満たしている場合を「回復」とみなした。

1.症状の寛解(symptomatic remission)
 → その2年間、BPDの診断基準(DIB-RおよびDSM-III-R)のいずれをも満たしていないこと。

2.安定した人間関係
 → 親しい友人、または配偶者・恋人などと、情緒的に支え合う関係を少なくとも1つは持っていること。

3.安定した社会的・職業的機能
 → 2年間にわたり、フルタイムで安定して仕事や学業を続けていること
  ここでの「フルタイム」には、家庭の中で専業主婦として十分な機能を果たしている場合を含む

この基準をもとに、この研究では次の2つのグループを設定した。

  • 回復経験あり(ever-recovered):追跡期間のいずれかの時点で、上記の「回復」状態を少なくとも一度は経験したことのある人。
  • 回復経験なし(never-recovered):追跡期間を通して、一度も「回復」状態に達しなかった人。

この研究では、これら2つのグループの「やり抜く力」の違いを調べ、さらにこの力の強弱に影響する可能性のある要因(性格や子ども時代の経験など)を分析した。

その結果がどのようなものであったか、そしてそれがBPDの臨床にどのような影響を与える可能性があるかについては、次回でご紹介することにしよう。