臨床心理士の訓練はどのようにおこなわれるかー当院勉強会の風景からーその1
しばらく前から、当院では臨床心理士による面接をおこなうための体制作りに努めてきた。
こちらも次第に年を重ねてきて、きちんと臨床が任せられる、若い心理士にも治療を分担してもらうことが望ましいと思うようになったためである。
ただしいわゆる受容と共感を旨とするような、通常のカウンセリングでは、当院を受診するような患者の多くには対応しきれない。
いきおい当院で独自に、心理士の臨床能力向上の為のトレーニングをおこなわなければならない仕儀となる。
当院が主な治療対象としているような患者群に対応する能力を身につけるのは、これまで家族はもとより、専門家にとっても決して容易ではないとされてきた。
したがってトレーニングの中で、治療者がどのような関わりをおこない、何を重視するかについて説明しておくことは、専門家だけでなく、一般の患者や家族にとっても役立つ可能性があるだろう。
そこでこれから何回かに分けて、当院でおこなわれているトレーニングの様子についてご紹介しようと思う。
用いられる手段は主として模擬面接である。
治療者役と患者役の臨床心理士が、50分間の面接をおこなった後にそれを文字起こしし、詳細な検討を行うのである。
模擬面接はあくまでも「模擬」だから、実際の患者との面接とは違うだろうと考える方もいるかも知れない。
だがご覧頂けば分かるように、患者役の心理士が、自らの臨床経験に基づいて相当程度にディテールを作り込んであるため、模擬面接の内容は、実際の患者を対象としたものであると言われてもわからない程度にリアルなものとなっている。
当院が目指しているような精神療法の方向性を知るには充分であると言って良いだろう。
さて以下に示すのは、摂食障害の患者に対して、心理士が初回の(模擬)面接を行っている時の様子である。
面接の中で治療者は、患者の語る言葉の用い方を―治療者の側で想像したり、イメージを思い浮かべたりするのではなく―患者自身に説明するよう促すことを通して明らかにしようと試みる。
患者の語る言葉の意味は、そのようなプロセスを経ない限り充分に明らかにされることはないし、言葉の用い方が明らかでないままなされる臨床が、十分な効果を収めることもまたないからである。
面接担当者は当院の心理士である髙橋明日香であり、患者役は他の(より経験を積んだ)臨床心理士が担当している。
1回50分の面接内容を、ほぼそのまま書き起こしてある。
本当は一気に面接の全経過を読んだ方がわかりやすいのだが、分量からいってそれはさすがに難しいため、今回はその序盤の部分だけを掲載する。
(次回以降に残りの部分を順次掲載していく予定である)。
括弧の中の下線を引いた部分は、面接の中で何が起こったかについて、勉強会のメンバーから指摘された内容をまとめたものである。
以下では患者役をA、心理士の髙橋をTで示す。
T:宜しくお願いします
A:宜しくお願いします
T:心理士の高橋と申します
A:お願いします
T:じゃあそしたらお名前をまず教えていただけますか?
A:はい、えっとAです。
T:はい、Aさんですね。今おいくつになりますか?
A:いま28です
T:いま28歳ですね。
A:はい
T:じゃあ、今日はどんなことでいらしたんですか?
A:今日は、えっと、母に予約取ったから行って来たらっていう風には言われて、来たんですけれど。今、仕事をしているんですけど、ちょっとそこで、なんだろうな、仕事のストレスが結構、こう溜まりやすいというか、そういうのがちょっとあって。だからそういうのを少しでもなんかこう、治ったらいいかなっていう風には思ってはいるんですけど。
T:なるほど、えっとお母様が今日予約はされたけれども、Aさんのほうでも時間取って来ていただいたと(本人の治療意欲に関する確認)。Aさんがお仕事をしている時に、まあ、ストレスが溜まりやすいっていうことですかね。
A:そうですね。
T:で、それをまあ何とか、良くできたら良いんじゃないかっていうところでいらっしゃっているということですけれども。そしたら、じゃあ、お仕事のことでストレスが溜まりやすいっていうことについて、具体的なエピソードというか、どういう感じなのかっていうのをお話しいただけますか?(具体例の提示要求)
A:はい。もともと、ちょっとしたことでも、なんか気にしやすいみたいなところがあって。うーん、だから、こう周りから自分がどう思われているのかなとか、そういうのを、こう、一々気にしちゃって。で、職場でも、なんだろうな、他の人のこととかが気になっちゃって、それですごく疲れちゃうみたいなのがあって。それで何て言うのかな、自分の性格というか、考え方の癖みたいな、そういうのを治したいなと思っているんですけど。
T:なるほど、職場で、他の人からどう思われているのかなっていうのが気になるって言うことですけれども。例えばどういうことですかね?(具体例の提示要求)
A:例えば上司の人から、ちょっと、こう、仕事のことで注意されたりする時があって、なんかその時に、そういうのをいつまでも引きずっちゃうというか。それで結構パニックになりやすいみたいな所もあって。注意されちゃった時とかも、凄いなんかこう、心臓がドキドキしちゃったりとか、で、そういうのが結構尾を引いちゃうというか。いつまでもそういうのが気になっちゃって。その上司の人が自分のことをまだ怒っているかなとか。そういうのがいつまでも気になっちゃうんですけど。
T:なるほど、えっと、お仕事のことで注意されたっていうことですけれども、今お仕事ってどういうお仕事をされていますか?
A:今は、派遣社員なんですけれども。
T:派遣社員さんは、具体的にはどういうことをされるんですか?(具体例の提示要求:注意された内容の詳細を聞くよりも、文脈を定めることの方を優先する)
A:今は、勤めている会社の営業さんの補佐役みたいな感じで、営業さんにお願いされた書類を作ったりだとか。あとは、まあデータの入力したりとか。あとは、えっと電話を取ったりとか。そういうのが仕事なんですけれども。
T:えーっと営業さんの補佐って言うことですね。営業さんに頼まれた書類作ったり、データ入力したりお電話とったりっていうことで。さっきおっしゃってた上司の人に仕事のことで注意されたっていうのは、どういうお仕事のことで、どういう風に注意されちゃったんですか?(具体例の提示要求)
A:その時は、えっと書類の書き方で注意されたんですけど。なんかいつも決まった書類っていうかフォーマットがあって、それを営業さんに依頼されて、それで書いて出すんですけど。基本的にはその書き方って、毎回同じような書き方をするんですね。で、それがたまに会社によって、書き方がちょっと変わっちゃう時があって、そういう時はその営業さんが、この会社はちょっといつもと違うから、こうやってくれって指示を出してくれるんですけど、なんかその時は、特にそういう指示がなくって、この書類お願いっていう風にしか言われなかったんです。だからいつも通りに書いたら、その営業さんが、書き方が違うじゃないかっていうことで、あの、ちょっとなんか怒った感じだったんですよね。
T:なるほど、えーっと、ごめんなさい、書類っていうのはどういう書類なんですか?(具体例の提示要求)
A:えっと、その勤めている会社が、工場で使うような、機械っていうのかな、そういうのを扱っているんですけど、それの部品を発注しなきゃいけないことがあって、その発注のための書類を書くんですけど。
T:その部品を発注する時の書類が、決まったフォーマットなんですね。
A:そうですそうです。
T:いつも。で、書き方も大体決まっていて、いつも、営業さんに依頼されてその発注する書類を書いて渡すっていう流れで。
A:そうですそうです。
T:えっと、でも、送り先の会社さんによっては書き方が違うっていうことがあるんですね
A:そうです。なんか時々そういう違う時があるんですけど
T:違うことがあって。で、いつもなら営業さんは、ここは書き方違うから、っていう風に指示してくれるんですか?
A:あ、そうですね。今までだと、これはこうこうがいつも通りじゃなくて、こうやって書いてみたいな指示をくれるんですけど。
T:じゃあそれまで、書き方が違う時は、いつも通りじゃないからこうやって書いてねっていう風に指示してくれてたけれども、えーっと、指示くれなかったことがあったんですね。
A:そうですね。
T:まあ指示がなくって。で、Aさんとしては、指示が無かったからいつも通りの書き方なのかなっていうことで書いたら、書いて渡したらこれ違うだろと、言われたっていうことですけれども、どういう感じで言われちゃったんですか?。営業の人に。(具体例の提示要求)
A:結構怒ってる感じというか。もう何か顔も結構きびしい顔していましたよね。それでなんか口調もなんか、いつもと比べると、いつも営業さんってすごい忙しくって。はい、これお願いみたいな言い方も、結構こう、なんていうのかな、厳しいっていうわけじゃないんですけれども、さばさばした言い方みたいなのをするんですけど。なんか、それに輪をかけてというか、結構こう、大きな声出したってわけじゃないんだけれども、なんか言い方が荒いっていうか何ていうか。それで違うよね、みたいな感じで言われちゃったんですよね。
T:言われた内容は「これなんか違うよね」だけだったんですか?。(具体例の提示要求)
A:違うよねとか、なんか間違ってるよね、みたいなこと言われて。最初なんか何言われているのかがわかんなくって。いつも違う書き方する時っていうのは、毎回指示をくれていたから、まさかその書類が、いつも通りの書き方じゃないっていう風には、その時思わなくって。
T:なるほど
A:なんか違うよねって言われたときに、えーこの人何言ってるんだろうって思っちゃって。なんか勘違いしてるんじゃないかなって私思っちゃったんですよね。それでなんかちょっとなんか私がポカンとしちゃってて。そしたらここの書き方がこの会社はこうだろみたいな風に言われて。それで、なんかえーそうなんだ、初めて知ったけど(会社によって書き方が違うのを、それまで気にしていなかったことが明らかになる)ってなんか思っちゃったんですけど、でもそんなこと言えないし、すごいそれで心臓もドキドキしちゃうし、まあその時はそれですごい黙っちゃったんですけど私は。
T:黙っちゃったんですね、なんか、すみませんとか、言ったりしました?(状況に相応しい言葉を用いることが出来ているかを確認する)
A:えーどうだろう、なんか言わなかったと思う(状況に相応しい言葉を用いていない可能性があることの確認)。なんかすみませんっていうかそもそもなんかミスしてるのそっちだろみたいな話なんですけど(会社によって書き方が違う可能性があることを、本人が気にしていなかったことから派生する心情)。だからなんかなんでこの人こんな私の事怒っているんだろうみたいに思っちゃって、それでなんか、もうすごい怒られちゃった!っていうので、頭の中真っ白になっちゃったんですよね
T:すぐすみませんって言ったかどうかはちょっとわかんない。もう、頭が真っ白になっちゃってっていうことですね(状況・文脈の確認)。あれなんですね、指摘されたときにここの書き方こうだろみたいな、感じで言われたってことですね。
A:そうですね、違うだろみたいな言い方されましたね。
T:なるほど。なんか、あれなんですかね、こう、ニュアンスとしては、「覚えとけって言ったでしょ」っていうかそんな感じですか?(それまでに覚えておくよう指示されていたかどうかの確認)
A:んー覚えとけっていうよりはすごい一方的にお前間違ってるだろみたいなそういう感じだったんですけど。
T:なるほど。えっと、何ていうのかな、会社さんによって書類の書き方が違うっていうのはそんなに頻繁なことではない?(状況・文脈の確認)
A:ではないですね。
T:具体的に言うと書類何枚につき1件ぐらい?(具体例の提示要求)
A:えー。何枚につきとかわからないですけど、でも、今この仕事始めてから、多分5件もあったかなかったかぐらいの感じなんですよね
T:今勤められてどれぐらいなんですか?(状況・文脈の確認)
A:1年ぐらいです。もうすぐ。
T:なるほど、1年ぐらいで、いままで5件ぐらいは書き方違うものを書いたかもしれない(状況・文脈の確認)。
A:うーん、かもしれない。
T:なるほど。あれですか、今回頼まれた会社さん宛の書類っていうのは以前も作られたことありますか?(以前に同じ仕事をしていた可能性の有無を確認)
A:いや、わかんないですね(以前に同じ仕事をしていたかどうかの記憶がないことの確認)。
T:それは、作ったことあるかもしれないし、ないかもしれないし、ちょっと覚えてないかもっていう感じですか?(状況・文脈の確認:会社によって書き方が違う可能性があることを、本人が意識する必要があると思っているかどうかの確認)
A:うーん、なんか、その、言われた仕事をこなして行くっていう感じなので、どの会社が言われたかとかそういうのはいちいち覚えていないから、わかんないですけど(会社によって書き方が違う可能性があることを、意識する必要があるとは思っていないことが明らかになる)。
T:なるほど、言われた仕事をこなしていくっていう感じだったから、まあご自身が作っていた会社がどういう書き方っていうのは覚えていないし、それからお仕事教わった時も覚えておいてねっていうお話もなかった(状況・文脈の確認)。
A:特に言われたことないと思いますけど。
T:あれですね、それから、その、営業さんが指摘する時に、えっと、なんか、どんな言い方をするかですけど、「さっき言ったでしょ」みたいな、「さっき書き方違うよって言ったでしょ」っていう言い方だったんですか?そこは言ってなかった?(営業が指示したつもりであったかどうかについての確認)
A:さっき言ったでしょとは言っていなくって。そもそもその、営業の人は、私にその指示をしていなかったので。ただ、なんかその違うだろうみたいなことを言われて。
T:なるほど、じゃあ営業さんも、自分が指示していないのに指示していたと思い込んでいて怒っているっていう感じではなかったんですかね。指示していないっていうのを忘れていたのか、もともと指示しなくても良いと思っていたのかも、ちょっとわかんないですね(営業の側では、本人が知っていると思っていた可能性があることを提示)。まあ営業さんが指示してなかったのを忘れてたっていう感じなんですかね、Aさんからすると(本人にとっての状況・文脈がどのようなものであるかを問いかける)。
A:いやなんかわかんないですけど、営業の人は言ったつもりになっているのかなって思ったんですよね(本人が推定した文脈を明らかにする)。まあ、こちらは言われていないので、その言われていないっていうことはいつも通りにやったんですけど、なんか向こうは言ったつもりなのかよくわかんないですけど、なんか違うだろう、みたいなふうに責められちゃって。
T:なんか、そうですね、どうかわからないけれども、言ったつもりだったら、さっき言ったでしょみたいな一言があっても良いかもしれないけれども、そういったことは特に言われていなくって(本人が推定した文脈が外れている可能性を指摘)。それに、もう一年働かれていますからね(状況・文脈の確認)。もしかしたら、営業さんの方が期待しちゃっていたかもしれないですね(営業の側では、本人が知っていると思っていた可能性があることを、より直接的に指摘)。もうこれ覚えたかな、みたいな。この会社はこういう書き方するよっていうのを覚えたかなっていう風に、期待しちゃってたかも知れないですけれども(営業の側では、本人が知っていると思っていた可能性があることを、さらに直接的に指摘)。たとえば他の派遣さんとか、いらっしゃいます?
A:ああいますいます
T:同じような仕事をしている方。その方達はどういう風にお仕事されていますか?(他の人達の仕事ぶりに関心があるかどうかに関して質問)
A:えー他の人がどんな風なのかよくわかんないですけど(他の同僚の仕事ぶりを気にしていないことが明らかになる)、最初にその、なんだろう、派遣社員の教育をしてくれるみたいな社員さんがいるんですけど、その人から、その書類の書き方も営業さんが指示してくれるから、その通りに書いてね、みたいな風にしか言われていないので(言われた以上のことに関心を向けない傾向が明らかになる)
T:そうですか。えっと、だからその通りに書いてねっていうことですね。なるほど。他の、例えば同じような仕事をしている方は、これはこうですかって聞きに行ったりとか、書類の書き方を区別して覚えていたりとか、そういった様子ってありますか?他の方の書類では(他の同僚の仕事ぶりで、注目すべき部分を教示)
A:えー、結構忙しくて、うーん、なんか、他の人がどういう風にやっているかとかっていうのはあんまり良くわかんないですよね(他の同僚の仕事ぶりに関心を向けていないことが明らかになる)。
T:結構お忙しいんですかね。
ここまででもまだ面接序盤である。
これがどう展開していくかについては次回に掲載することにしよう。