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パーソナリティ特性という視点から見たPTSDーその1ー

このたび、ジョエル・パリスの「トラウマをめぐる10の神話―最新研究から解き明かす性格特性・レジリエンス・治療―」(黒田章史・市毛裕子共訳、誠信書房より近刊予定)を出版することになった。

自分で翻訳したから言うわけではないが、以下の「対話」でも説明しているように、本書は専門家だけでなく、法曹関係者を含む一般の人々も知っておくべき最新の知見に溢れた、極めて重要な書物である。

そこで今回は、いつもとちょっと趣向を変えて、一般に人々にもわかりやすいように、生徒と先生の対話形式で、本書が持つ意義について、かなりくだけた形で紹介してみることにする。

生徒:今回は心的外傷後ストレス症、いわゆるPTSDについて、ジョエル・パリスの最近の著作である「トラウマをめぐる10の神話―最新研究から解き明かす性格特性・レジリエンス・治療―」という書物をもとに、パーソナリティっていうちょっと違うレンズを通して深掘りしていきたいと思います。トラウマ体験とその後の反応について、PTSDの診断基準だけだと見えてこない側面を探っていくことにしましょう。先生よろしくお願いします。

先生:よろしくお願いします。えー、時間も限られていることですし、最初に中心的なポイントからお話しすることにしましょうか。この本が特に問題視しているのは、従来のDSM、まあ精神疾患の診断と統計マニュアルですね、こういう症状リスト中心の(症状リストに挙げられている項目を、一定数以上満たしていれば診断できるという)アプローチでは、同じようなトラウマ体験をしても、なぜ人によって反応が大きく違うのか、その核心にはなかなか迫れないんじゃないかという点なんです。

生徒:ああ、そうみたいですよね。トラウマを経験したからといって、PTSDを発症するとは限らないという話は、私も聞いたことがあります。

先生:むしろ話は逆で、トラウマを経験した場合にPTSDを発症する人はすごく少ないんです。具体的に言うと、ほとんどの人(一般人口の75%以上)は人生の中で大きなトラウマとなるような出来事を経験するんですが、トラウマに(さら)された人の90%は障害を発症しないことが知られているんですよ。

生徒:そうなんですか?…………なんか、マスコミで良く報じられているようなことと余りにも違うのでびっくりしてしまうんですが。

先生:さきほどお話しした内容は、きちんとした実証的なエビデンスに基づいたものです。マスコミでPTSDがどのように報じられているか、私はあまり良く知らないんですが、なるべくきちんとした情報に基づいて把握し直しておく必要があるでしょうね。話を元に戻しましょうか。先に述べたような、トラウマに対する反応の違いを規定している最も重要な要因の一つが、個人の持つパーソナリティ特性であることが明らかになっています。パリスは、たくさんの実証的データを挙げながら、本書の中でそのことについて繰り返し論じています。

生徒:なるほど 。じゃあトラウマがあったからPTSDっていう、そういう単純な話ではないと。もっと複雑な要因がからんでるわけですね。

先生:ええ、その通りです。

生徒:ちなみに、具体的に言うと、DSMという診断方法にはどんな限界があるんでしょうか 。

先生:これは前から言われていることなんですけど、DSMはどうしても診断基準に当てはまる症状の数を数えるという形で疾患を捉えることになりがちで、疾患の背景にある個人の心理的な仕組み、例えばその人がストレスにどのように対処する傾向があるか、といったところは見落としがちなんです。これはDSMだけの問題ではありません。たとえば最近注目されている「ネットワーク分析」、症状間の関連を地図みたいに示すやつがありますよね。

生徒:ああ、精神疾患を「症状同士の複雑な相互作用(ネットワーク)」として理解するようなアプローチのことですね。それらのネットワークをデータに基づいて推定するっていう……。

先生:あれでさえ、結局は症状レベルのつながりっていう話であって、なぜその繋がりが生まれるのかっていう根本的な原因にはまだ踏み込めていないんじゃないかとパリスは指摘しています。

生徒:なるほど。症状の裏にあるその個人差に光を当ててるんですね。そこで重要になってくるのがパーソナリティだと 。

先生:まさにその通りです。特に神経症傾向(neuroticism)、ネガティブな感情を経験しやすくて、ストレスにちょっと過敏に反応しやすいっていうパーソナリティ特性ですね、この特性がどの程度強いか弱いかが、PTSDの発症や、症状が長引くかどうかに強く関連すると考えられているんです。ちょっと面白いことに、パリスはこの本の中で、パーソナリティを「心理的な免疫システム」みたいなものだと言ってるんですよ。

生徒:へえーっ、心理的な免疫システムですか。

先生:ええ。これがうまく機能すればストレスから自分を守ってくれるんだけど、 逆にそれが過剰に反応しちゃうと、アレルギーや自己免疫疾患みたいに、かえって問題をこじらせてしまうこともあるんだ、と。

生徒:ああー、それはわかりやすいですね。性格が、いわばストレス反応のフィルターになる、みたいな感じですか。

先生:そういう考え方ですね。 他にもパーソナリティの5因子モデルで言うところの誠実性とか協調性ですよね、こういったパーソナリティ特性が、極端に低かったりあるいは逆に高すぎたりすると、いろいろな精神的な問題を引き起こすことに繋がってくるっていうこともパリスは指摘しています。

(以下次回に続く)