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「BPD患者の家族のためのガイドライン(J.G.ガンダーソン)」を読むーその12ー

今回は「限界設定:率直に、しかし注意深く」という項目を取り上げることにする。

BPD(境界性パーソナリティ障害)患者が示す大小さまざまな問題行動について、家族がどこまで受け入れ、どこから受入れるべきでないかについて、ガンダーソンは以下のように述べる。

家族が耐えられる限界を述べて、限界設定を行うこと。家族が期待していることを、わかりやすい平明な言葉で知らせるように。自分に何を求められているかについて、誰もが知っている必要がある」。

何を以て問題行動とみなし、それをどこまで受入れるかに関する判断は、それぞれの家族によって大いに異なることだろう。

たとえばガンダーソンは「少なくとも1日おきにはシャワーを浴びてほしい」と患者に要求したいと思っている家族の例を挙げている。

こんな要求を家族がするくらいだから、恐らくこの例で取り上げられている患者は「(隔日は無理でも)3日に一度は定期的に入浴する」ような人物ではないのだろう。

下手をすると月単位で入浴しなくて平気なのかも知れない。

そうした患者に対して家族がどのように対応するかが今回のテーマ、というわけである。

いい大人(患者は成人年齢に達しているものと仮定する)なのだから、わざわざ家族が注意せずとも自ずと気づくだろうと思いたいのは人情である。

だがこのような楽観的な見通しは、しばしば現実によって裏切られることになるとガンダーソンは主張する。

入浴の「問題」などはまだマシな方だ。

家族と会っても口を利かないはおろか、顔も見ようとしない。

自室はもちろんのこと、下手をすると階段の壁まで殴って穴をあけた跡がある。

2階にある患者の部屋から時々ドーンという、床を足蹴りするような激しい音がする。

部屋の床に衣類やゴミ袋が散乱し、ペットボトルが数十本も転がっているにも関わらず、何ヶ月経っても放置したままである。

行き先も告げずに夜から出かけていき、心配した家族がメール等で連絡しても応答しない。

こうした問題に悩んでいる(が、実質的には放置している)家族は多い。

もちろん家族だって好きで放置しているわけではない。

「家族が患者に希望することを、わかりやすく」伝えたからといって、患者がそれに従うという保証がないから、半ば諦めているだけである。

では家族が患者の問題行動を改善するよう要求するのは全く無駄なのだろうか?。

興味深いことにーそして少々意外なことにー「必ずしもそうとも言えない」というのが答えである。

もちろん1回や2回、いやそれどころか10回や20回要求したからといって、患者の行動が変わるとは限らない。

だがどれほど現実が変わらなくとも、たとえば「家の壁に穴を開けるべきではない」「暴力を振るうべきではない」という枠組みを、長期にわたり提示し続けることは重要である。

そうすることにより、患者は「何となく」問題行動を行っているのではなく、「家族の意に反して」「するべきではないにも関わらず」、敢えて問題行動を行っていることになるだろう。

これはじわじわと、だが必ず患者の問題行動の社会的ー家庭の中も社会の一部であるし、またそうでなければならないー位置づけに対して影響を与えることになる。

すなわち、たとえ「患者の行動」を変化させることは出来なくとも、「家庭内において患者が何を行っているかに関する枠組み」を変化させることは可能なのだ。

(意外に思われるかも知れないが、家族が繰り返し継続的に提示していかない限り、患者がこうした枠組みを自分自身できちんと意識することはまずない)。

無理もないことだが、患者の問題行動が続いた場合、家族の対応は多少なりともネガティヴなものとなりがちである(誰がそれを責められよう?)。

その場合でも、「患者が引き起こしている問題に関する枠組み」が上記のような形で、家族の誰にとっても明確になっているなら、家族の対応はネガティブとは言っても「正面から」のものであり、何が起こっているかは誰の目にも明らかである。

逆にその枠組みが明確になっていない場合、家族の対応は「側面から」のものとなりがちである。

すなわち往々にして直接的でない、持って回ったような形で、ネガティブな対応をすることになってしまう。

そうした「側面から」のネガティブな家族の反応を、自分が普段から引き起こしている問題と関連付けて考える能力が、患者の側にあれば良いのだが、残念ながらそうした能力を持つ患者は希(まれ)である。

いきおい患者は混乱する。

無用のトラブルが生じることにも繋がりやすいだろう。

こうしたトラブルを最小限にする意味でも、上記のような関わりを家族がおこなうのは決して無駄ではない。

いや、無駄でないどころか、後々の治療にとって重要な準備作業になり得るのである。

以上のような準備作業をおこなった上で、実際に患者の行動を変化させるための働きかけを行う方法については、回を改めて論じることにしよう。