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BPDの治療効果は、いつどのように判定すべきか

BPDの治療効果の判定は、いつどのようにおこなわれるべきなのだろうか。

こんな問いを立てると、そんな自明なことは尋ねるまでもない、と言われてしまうかも知れない。

ある程度長期にわたる治療(主に心理療法)がなされた後に、患者が改善を示したかどうかで判断するに決まっているではないか、というわけだ。

だがガンダーソンは、現在進行中の治療がどの程度望ましい変化を患者にもたらしているかーあるいはもたらしていないかーは、比較的治療の初期段階から判断することが可能であると主張する(Gunderson J.G.: Handbook of Good Psychiatric Management for Borderline Personality Disorder. Washington DC., ‎Amer Psychiatric Pub Inc,2014[黒田章史訳:境界性パーソナリティ障害治療ハンドブックー「有害な治療」に陥らないための技術ー、岩崎学術出版、2018])。

いや、むしろ治療の初期段階においてこそ、治療が有益な影響を与えているかどうかについて、治療者や、患者、そして家族が真剣に検討することが望ましいというのである。

ではそれはどのような領域であり、何を指標とすべきなのだろうか。

今回はガンダーソンが挙げた指標を参照しながら、BPDの治療ではどのような時期に、どのような変化が生じるのが望ましいと思われているのか、というテーマについて取り上げることにしよう。

ガンダーソンは、治療がうまくいっているかどうかについて判断する時期として、まずは1~3週間という非常に短い期間を設定する。

この時期ですら、治療で期待してよい変化はあると言うのである。

確かに治療を始めたばかりの時期であっても、とりわけ患者が治療(者)に対して当初好印象を抱いた場合には、患者の主観的苦悩や不快な気分(不安や抑うつ)が減ることは珍しくない。

もちろんそれは大きな変化ではないし、その変化が長続きするとは限らない(比較的短期間で消失してしまうことも多い)。

更に言うなら、この変化が治療にとって本質的なものであるとも限らないだろう。

ただ、治療が幸先の良い始まり方をした可能性があることを示唆しているとは言えるかも知れない。

逆に早くもこの時期に、患者があまり通院していないとか、治療に真面目に取り組まない傾向が見られるならー少なくとも個人面接をしている限りー治療が上手くいく可能性は低いだろう。

(最初から家族面接を治療の枠組みの中に入れているというなら話は別だろうが)。

次にガンダーソンが問題にする時期は、治療開始から3か月後である。

この時期に治療の失敗を示唆している指標として、ガンダーソンは以下のようなものを挙げている。

・患者が治療に真面目に取り組もうとしないこと。

・自傷行為や自殺行動等の、自己を危険にさらすような出来事が増悪していること。

・睡眠リズムや食習慣に代表されるような、基本的な日常生活の乱れが増悪していること。

これらは極めて常識的な項目ばかりだから、これらの指標の妥当性自体に異を唱える人は少ないだろう。

それでも、治療開始後3か月という時期は、始まったばかりの治療に見切りをつけるには少々早すぎると思う人もいるかもしれない(私もどちらかといえばそうである)。

だが、治療開始後6か月の時点において、以下のような進展がみられなければ、治療が失敗している可能性があるというガンダーソンの見解には、私もー一部を除いてーおおむね同意する。

・自傷行為や自殺行動等の、自己を危険にさらすような出来事の程度や頻度が減少していかないこと。

・それまでになされた治療から得られた教訓を、患者が未だに活かせないでいること。

・対人関係上の問題や、コミュニケーションに関する問題の重要性を、患者が認識出来ていないこと。

・何らかの職業上の役割を非常勤の形で得る(あるいは再開する)のが出来ていないこと。

「一部を除いて」とわざわざ述べたのは、最後の項目を、治療が失敗している可能性を示す指標とすることに、私は反対だからである。

BPDの患者が就労能力に関して大きな問題を抱えているのは事実だから、治療では彼らがなるべく早く就労できるよう指導していくのが望ましいことは間違いない。

ただし彼らが不全を示すことが多いのは、常勤ベースで仕事を継続することに関してであって、単発のバイト(ビラ配り、ペットボトルを潰す、惣菜を詰めるといった、日雇いの単純労働)を時々するという程度なら、相当に重症の患者でも可能なことが多い(やりたがるかどうかは別にしての話だが)。

そして同じく「仕事」とはいっても、両者の間には、求められる能力に関して、質的に著しく大きな差がある。

そして単発のバイトをある程度ーあるいは数多くーこなしたところで、残念ながら患者が常勤ベースで仕事を継続できる能力には殆ど結びつかない。

だから治療開始後6か月で、非常勤で多少なりとも働いているか否かは、中長期的にBPDの予後を占うことが出来るような指標ではないのである。

逆に治療が妥当なものであるかを判断する上で、「治療開始後6か月を過ぎても自傷行為や自殺行動等の、自己を危険にさらすような出来事の程度や頻度が減少していかない」という指標は、家族を含めた非専門家にとってもわかりやすいものであると言えるだろう。

なぜこの指標が重要かと言えば、自傷行為や自殺行動等に改善傾向が見られないまま、半年どころか何年にもわたって治療を継続しているケースが決して珍しくないためである。

治療開始後6か月以上が過ぎても、自己破壊的行動が減少していかない場合、治療態勢の根本的立て直しーガンダーソンは治療者がBPD治療の専門家にコンサルテーションを受けることを勧めているーが図られない限り、それ以降にその治療が持ち直す可能性は大きくない。

この事実は専門家だけでなく、患者自身や家族も充分に認識しておくべきことである。